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○月という名の天使

 

第一話

 

 郊外のほど近くにある新興住宅地。

 何処にでもある登校風景。

 やわらかな春の風を受け、満開の桜が花弁を散らす。

 咲き乱れる桜並木の下、一人の少女が駆け足で抜けていく。

 赤く、大きなリボンが特徴的なその制服は、近所の公立中学校のものである。

 髪をショートに切り揃えたその少女は、頬を紅潮させながらも、黒目がちのよく動く瞳で何かを探していた。

「いたっ!」

 口の中で小さく叫ぶ少女。その瞳には、彼女と同じ制服を着た、もう一人の少女の姿が映っていた。眼鏡をかけ、髪を三つ編みに編んだ、対照的な少女である。

 眼鏡をかけた少女は、近づいてくる友人に、まだ気が付いていない。

 ショートヘアの女の子は、嬉しそうに口をにんまりと歪ませると、眼鏡をかけた女の子に飛びついた。

「さおりっちぃっ!!」

「きゃっ!!」

 驚いて、小さく悲鳴をあげる眼鏡の少女。年齢とは不釣り合いな、大きな胸がたぷんと揺れる。

「か、花月?」

 驚いて友人の名を口にする眼鏡の少女。

 花月と呼ばれた少女は、眼鏡の少女の首筋にしがみついたまま、離れようとしない。

「あっはあ、さおりちい、会いたかったよお〜!!」

 言いながら、ショートヘアの女の子は、眼鏡をかけた少女を揺さぶる。

「ち、ちょっと、花月、離れてよ。転んじゃうぅ………」

 足下をふらふらさせながら、眼鏡の少女は相手から離れようと藻掻いた。

「愛おしい人に久しぶりに会ったというのに、その態度はあまりにつれないんじゃない?」 ショートヘアの女の子は、そう言って離れようとしない。

「き、昨日も学校で会ったよーお」

 眼鏡をかけた少女は、悲鳴に近い声をあげる。

「さおりっちは僕のお嫁さんだもの、一日だって離れられないさ………」

 顔を覗き込み、臆面もなく囁く。逆光にも関わらず、白い歯がきらーんと輝く。大した芸である。

 が、眼鏡の少女は頬を染め、一瞬、口ごもる。

 と、その時。

「きゃっ!!」

 体勢を崩した二人が尻餅をつく。 

 ショートヘアの女の子、名を花月るなと言い、老坂(おいのさか)中学に通うお元気元気な中学一年生。

 さおりっちと呼ばれる眼鏡の少女は、本名を奈々美佐緒里と言い、花月るなと共に、この春、老坂中学に入学した、同じく中学一年生である。

 入学以来、花月るなが異常に奈々美佐緒里を気に入り(特に奈々美の人並み外れた大きい胸が)、つきまとい続けていた。

「どいてぇ、花月ぅ。早くしないと学校に遅れちゃうよぉ」

 尚もしがみつく花月。花月から逃れようと、佐緒里は必死で藻掻く。

 しかし、花月も離れようとはしない。

「へへへ、如何様に藻掻けど、詮方あるまいに………」

 …………あんたは親父か。

 するとその時、予鈴のベルが鳴り響く。

 慌てて取り落としていた鞄を拾い上げ、学校に向かって駆け出す花月るなと奈々美佐緒里。

 

「で、一体どう言うわけで、遅刻をしたの?」

 校門前で、生活指導の早乙女女史が生徒手帳を開いて、二人に問いただす。

 特に怒っている風ではない。遅刻した者に対し、事務的に聞いているだけだ。

「はあ、信号待ちをしてまして………」

 花月が答える。

「信号待ちぃ?」

 美しい眉根を寄せ、怪訝な声を出す早乙女女史。

「はあ、信号待ちです」

 花月が飄然と答える。

「信号待ちって言ったって、一分も違わないでしょ?」

 早乙女女史は、怒るよりは呆れた声を出す。

「それが、非常にタイミングが悪く、家を出た時からことごとく信号に引っかかりまして、家から学校に着くまでの間にある信号が20ありまして、その信号機一つ一つに三十秒待たされたとして………」

「はあ、もういいわ」完全に呆れ顔で、花月の言葉を途中で遮る。

「取り敢えず、この紙に遅刻した理由を書いて、放課後、私の所に持ってきて。そしたら、生徒手帳を返すから。それから………」

 早乙女女史は立ち去ろうとする二人を呼び止めた。

「…………明日からは信号無視をするように」

 思わず破顔する花月と佐緒里。

 二人が立ち去ったあとも、早乙女乙女先生は他の遅刻者と話をしている。

 何しろ、憧れの早乙女先生に叱ってもらう為、今日も十数人の男子生徒が並んでいるのだ。

 

 二人が教室の扉を開いたとき、普通なら既にホームルームの時間で、担任の教師が点呼をとっているはずなのだが、どうも様子が違っていた。

 多くが席を離れ、各々が好き勝手なことをざわめき合っていた。

「あれ、柳川は?」

 花月が手近にいた級友に質問する。ゴッシップ好きの広瀬真奈美という少女だ。別名ピンクのマシンガン。

「あっれぇ、花月、佐緒里、二人して遅刻ぅ?何してたのかなぁ?み〜んな噂してるよ〜っ、二人は出来てるんじゃないか、って」

「な、なにを……………」

 真奈美の言葉に、佐緒里が頬を紅潮させて何事か言い募ろうとするが、先に花月が口を挟む。

「噂じゃなくって、本当の事だよ?さおりっちは僕のお嫁さんだし、僕はさおりっちの愛の奴隷だもん。大体、真奈美ちゃんも、そう言う噂話で僕たちをからかって、本当は妬いてるんじゃない?もしそうなら、真奈美ちゃんも可愛いし、僕のお嫁さんにしてあげるよ?この愛らしい唇を、僕の口で蓋をしてあげよう」

 真奈美の瞳を覗き込み、歯の浮く科白を並べ立てる花月。白い歯がきらーんと輝く。

 が、真奈美はまるで相手にしない。

「あはは、冗談。私は二人の間に割り込もう、なんて事、全然考えてないから、どうぞお幸せに」

「ありゃ、そりは残念………。でも、気が変わったら、いつでも僕の胸に飛び込んでおいで。待ってるよ………」

 ウインクする花月に、真奈美はぷっと吹き出す。

「あははぁ………、それはともかく、花月ってば、柳川のこと聞いていたんじゃないの?」

「おーう、そうそう。で、柳川のじっさまは、今日は遅刻ですかな?」

 花月は言いながら、佐緒里のお尻に手を伸ばす。

 が、酷くつねられ、あえなく玉砕。

「まっさかあ、花月じゃあるまいし。例の野犬が出て、うちの生徒がまた一人殺されちゃったの。それで、朝から緊急の職員会議って訳。私、さっき職員室覗いてきたんだけど、そりゃあ、もう、先生方み〜んな、深刻な顔して話し合ってたよ。何しろ、ここ二週間ほどで四人も、だもんね」

 真奈美の言葉に、一瞬、花月の顔に深刻な色が浮かぶ。

「……………」

「あれ、花月?」

 真奈美が、いつにない表情を見せる花月に、きょとんとした声をあげる。

「……………えっ?ああ、すみません、今、寝てました」

 花月がふざけて答える。いつもの花月の調子である。

「それにしても、流石は真奈美ちゃん、いつも情報が早いね」

 佐緒里が感心して口を挟む。

「へへへ、そんなに褒めないでよ」

 真奈美が照れる。

「いやいや、これは一つの才能だよ。うんうん。流石に、僕のお嫁さん候補ナンバーツーだ」

 感心した声をあげながら、佐緒里の腰に手を回す花月。

 が、酷くつねられ、あえなく轟沈。

「それにしてもさぁ…………」

 真奈美の顔から笑顔が消える。

「なんだって、うちの学校の生徒ばかり狙われるんだろ?テレビのニュースなんかでもさ、野犬の仕業だろうって言ってるけど、誰もその野犬を見たことがないんだよね」

 真奈美が首を傾げる。

 と、そこへ教室の扉が開く音がし、生徒達は慌てて席に戻る。

「もう、とっくに始業のベルは鳴っているんだぞ?何をやっているんだ、お前達はぁ?」

 痩せて貧相な初老の男、花月達の担任、柳川善造であった。

「どうせもう知っているだろうと思うが、昨日、また野犬にうちの生徒が襲われた。下校時はくれぐれも一人では帰らないように。それと、クラブ活動は向こう一ヶ月中止となる。塾やなんかで夜、行動するときも、単独行動はとらないように。…………さ、それじゃ、今日のホームルームは点呼をとって終わりだ。相葉、市川、井上……………ふむ、神矢は今日も休みか」

 柳川善造の言葉に、真奈美が呟く。

「へえ、あの子、まだ休みなんだ………」

 その言葉が耳に入るや、花月の好奇心がむくむくと頭をもたげる。

「へへぇ、なになに、何の話?」

 斜め前の席に座る真奈美の肩を叩き、好奇心一杯の目を向ける花月。

 もとより噂話の好きな真奈美である、花月の問い掛けに、待ってましたとばかりにお喋りを始める。

「ほらほら、そこの空いてる席に座っていた男の子。花月、覚えてない?」

 廊下側の隅にある空席を、真奈美がこっそり指し示す。

「あれ、あそこに誰か座っていたの?」

 首を傾げる花月。

「あは、私もあまり覚えていないから、花月が覚えていないのも、まあ、無理もないけど………。あそこには、神矢何とかって男の子が座っていたの。でも、もう二週間近く休んでるみたい」

「 へえ、なんでまた?」

 身を乗り出す花月。

「何でも、ノイローゼらしいって噂なの。今年の春、私学の試験を受けたらしいんだけど、ものの見事に落ちたらしくて、それが原因でお母さんとの仲も折り合いが悪くなったって……」

 真奈美も花月の方へ身を乗り出す。

 そこへ、二人の顔の間に黒い板が差し挟まれる。

 ぎょっとして振り返る花月と真奈美。

「あ、ぎょろ目の禿頭………」

 思わず呟く花月。

 次の瞬間、出席簿で頭をはたかれる花月。

「だ〜れがぎょろ目の禿頭だっ!!」

 柳川善造が、頭から気炎を吹き上げる。ただでさえ気難しい顔が、更に気難しくなっている。

「それにしても、広瀬君は何でもよく知っているねぇ………。そんな話、何処から聞いてきたのかな?」

 柳川が貼り付いた笑顔を浮かべながら、真奈美に質した。引きつった顔に青筋が浮いている。

「ははあ、そんな大したことじゃありませんよ。うちの母が近所の友達から聞いてきた話ですから。うちの母はお喋り好きというか、噂話が好きで、私、ほんとに困っているんですよね………。それで、うちの母ったらこの間も………」

「……………………遺伝だ」

 柳川善造はそう言うと、広瀬真奈美の頭を出席簿で叩き、教壇に戻った。

「さ、今日は時間がないので、これでホームルームは終わるが、下らない噂話なんかにうつつをぬかすんじゃあないぞ!!」

 そう言って、禿頭(とくとう)の熟年教師は教室をあとにした。

 

 放課後。

 トイレの窓から外を眺める花月の姿があった。

 光沢を帯びた黄金色の雲に赤い夕日、その後ろには紫色のグラデーション。

 春の風が、柔らかく少女の頬を撫でる。

「絶対、ぜ〜ったいに何処にも行かないでね!!」

 トイレの中から佐緒里の声が聞こえる。

「へいへい………」

 気のない返事をする花月。

「絶対、ぜ〜っったい、何処かに行っちゃったりしたら、嫌なんだからねっ!!」

 溜め息をつく花月。窓の外の光景とは裏腹に、何とも色気のない光景である。

「花月?花月ぅ?!ちゃんと待っててくれてるっ?」

「へいへい、此処に居りますよ………」

 やがて、カラカラとトイレットペーパーをたぐる音がして、続いてゴボゴボと水を流す音がした。スカートのジッパーをあげる音がして、ようやくお姫様のご登場である。

 心なしか頬が赤いようだ。

「あれ?なんか、顔が赤いよ?」

 花月が首を傾げる。

「…………なんでも…ないもん」

 ハンカチを取り出し、手を洗う佐緒里。花月とまともに目を合わせようとしない。

 花月は、訳が分からなかったが、面白い玩具を見つけたことだけは本能的に察知した。

「熱でもあるのかな?」

 そう言って顔を近づける花月。

「熱なんて……ないもん」

 顔を背ける佐緒里。

「じゃあ、どうして顔が赤いんだろ?」

 口元がゆるむのを必死でこらえる花月。

「ほんとに何でもないったら……」

「い〜やっ、何でもなくない。ぜ〜ったい何でもなくないっ!!」

 引き下がろうとしない花月に、佐緒里は口の中で何事か呟いた。

「私が……と、………なって」

 頬が上気し、耳まで赤くなる。

「…………えっ、なに?」

「私が、その………、してるとこ、聞こえちゃったかな………って?」

 花月の頬の筋肉は臨界点に達し、思わず笑いが吹き出す。

「あははははは…………、な、何を言い出すのかと思ったら」

 遠慮会釈無く、お腹を抱えて笑う花月。

 予想していた花月の反応に、佐緒里の頬は怒りと羞恥に一層赤く染まる。

「も〜うっ!!花月の莫迦っ!!デリカシーが無いんだからぁっ!!」

 頬を膨らませ、顔を背ける佐緒里。

 だが、佐緒里が怒れば怒るほど、花月の中から笑いがこみ上げてくる。

「大体、こんな時でもなかったら、花月におトイレについてきてもらおうなんて、絶対に思わないのに………」

「ふふ、野犬だって、こんな学校の中にまで入ってこないよ?」

 花月は目に滲んだ涙を拭った。

「それだけじゃないもん。放課後の学校って、気味が悪いから………」

 不意に不安げな表情を見せる佐緒里。忘れていた恐怖が戻ってくる。

「そんなに怖いなら、トイレの中も一緒に入ってあげるのに………。ちょっと、アナクロで僕の趣味じゃないけど、さおりっちが好いって言うんなら、喜んで入ってあげるのに………」

 ばこっ!!

 佐緒里の鞄が花月の顔を強かに殴打する。

「もーおっ!!花月の莫迦っ!エッチっ!!」

 

「それにしてもさ………」

 薄暗い廊下を歩きながら、花月が呟く。

 肘にしがみつく佐緒里の胸が嬉しい。

「そんなに怖いなら忘れ物なんて放っておけばいいじゃない?」

 肩の辺りにある佐緒里の顔に目をやる。柔らかな髪の毛が頬をくすぐり、甘い香りが漂う。

「放っておいたら、宿題が出来ないんだもん………」

「ありゃ?今日、数学で宿題なんて出ていた?」

 花月が素っ頓狂な声をあげる。

「もう、出ていなかったら、こんな思いしてまで取りに行かないよ………」

 佐緒里の手に、きゅっと力がこもる。

 その不安げな様子が妙に愛おしい。

 

 やがて、教室の前に辿り着く二人。

 佐緒里がしがみついて離れないので、仕方なしに花月が扉を開ける。

 普段なら運動部の練習する声や、吹奏楽部の下手な演奏が聞こえ、まだ賑やかな時間なのだが、今日は部活が無く、しんと静まり返っている。

 教室の電気をつける花月。

 少し安心し、佐緒里は花月の腕を離れ、自分の机に向かった。

 花月はのびをすると、何気なく窓の外を見た。

 外は既に暗く、校庭の木々が黒く闇に沈み、不気味にざわめく。

 すると、その時。

 突然、何か黒いものが、教室の窓から飛び込んできた。

「きゃーーーっ!!」

 突然の出来事に、悲鳴をあげる佐緒里。頭を抱えてしゃがみ込む。

「さおりっち、大丈夫だよ」

 花月が声を掛ける。

「ほら、ただの蝙蝠だよ」

 見ると大きな蝙蝠が、教室の上を飛び回っていた。

 お化けの類ではなくとも、あまり気持ちの良いものではない。

「ほら、今日は一人かい?僕の大事な人が怖がっているから、悪いけど出ていってくれないかな?」

 蝙蝠に話しかける花月。

 蝙蝠は花月の言葉が分かるかのように暫く滞空していたが、やがて窓の外、自らの身体同様、漆黒の闇に消えていった。

「お客さんは帰っていったよ?」

 花月の言葉に、佐緒里は恐る恐る顔を上げる。

「………………窓、開いていたんだね?」

 花月が微笑む。

 ばたばたと風をはらみ、カーテンがたなびいていた。

 

「ふ〜うっ、やれやれだね………」

 学校の中庭を抜けながら、花月が大きくのびをする。

 傍らを歩く佐緒里の胸には数学の教科書が抱えられている。

「やれやれなのはこれからだよ?数学の宿題、花月もまだなんででしょ?」

「さおりっちに見せてもらうからい〜のっ」

 花月が呑気に答える。

「だ〜めっ!」

 そっぽを向く佐緒里。

「ええ?どーしてえ?」

「花月もたまには自分で宿題をやらなきゃ」

「た、たまにはって言うのは、ちょっとあんまりなんじゃない?僕だって自分で宿題をやることもあるよ」

 傷ついた様子で口を尖らせる花月。

「う〜そっ、花月が自分で宿題をやったところなんて知らないも〜ん」

 ころころと笑う佐緒里に、花月は妙に嬉しさを感じる。

「ええ?ひっどいな〜っ………」

 そう言いながら、花月も微笑む。

 やがて、校門の前まで差し掛かった時、不意に佐緒里の足が止まる。

「どうしたの?」

 首を傾げる花月。

 ふと、キイキイと何やら金属のかしぐ音が聞こえ、花月は耳を澄ます。

 佐緒里の視線を追うと、その先には、車椅子に乗った老人の姿があった。

 どうやら日本人ではないらしい。

 その老人のただならぬ気配に、佐緒里は花月に身を寄せる。

 だが、花月はどうという風でもなく、老人に頭を下げ、その横を通り抜ける。口元には笑みすら浮かんでいる。

「……………知り合いなの?」

 佐緒里の問いに、花月は飄然と答える。

「うんにゃ。全然知らない人」

 

 数刻後。

 奈々美佐緒里と別れた花月るなは学校の門前まで戻ってきていた。

 再び、キイキイという、車椅子のかしぐ音が聞こえてくる。

 花月が軽口を叩く。

「流石、亀の甲より年の功、鼻が利くよねぇ。エイブラハムの爺っちゃん」

 暗闇から車椅子に乗った老人が姿を現す。

 銀髪に彫りの深い顔、眉間には憂愁の色が濃く現れている。

「ふん、貴様とこの様な処で会うとはな………」

 老人が面白くなさそうに応える。

「それは随分な言い方だなあ……。ま、それはともかく、ミナちゃんの事は僕に任せて、いい加減成仏したら?年寄りの冷や水って言うものだよ?」

 老人は憮然とした表情を崩さない。こめかみに青筋か浮かぶ。

「失礼なことを言う奴だ、儂はまだ死んではいない………」

 花月は大袈裟に手を広げると、さも呆れたような声を出す。

「周りはそうは思っていないよ?大体、普通の人間はそんなに長生きしないものだよ?」

 老人は花月の言葉を最後まで聞かず、向きを変えてその場を去ろうとする。

「ふん、余計なお世話というものだ。そんなことより、儂等の邪魔だけはするな。邪魔をすれば、たとえ誰であろうと容赦はせぬ……」

 そう言って一瞥をくれる。

「嫌だなぁ、僕はお手伝いこそすれ、邪魔なんてしたことはないよ?」

 最早、老人は聞く耳を待たなかった。

 車椅子が耳障りな金属音を立て、ゆっくりと動き出す。

「…………人間、年をとると頑固になるからなぁ」

 花月が呟く。

 

「教授、どうやらいくつかの事件が同時に発生しているようですね」

 先程の老人。

 その車椅子を押す長髪の美少女。黒い、ミニのワンピースを身につけている。

 ややタイト気味ではあるが、見事なプロポーションにより、嫌味が感じられない。

 年齢は花月とさほど変わらないだろう。ややあどけなさの残る顔立ち。大きな瞳。乳白色のきめ細やかな肌。幼い顔立ちと反し、細く締まったウエストにやや大きめのバスト。老人同様、その容姿は日本人離れしている。

「ふむ、花月は何処まで掴んでいるのだろうか…………」

 思案顔で呟く老人。

 この老人、世界有数のエクソシスト。ヴァンパイアハンター、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授であった。

「恐らくは、今一番表層に出てきている事件だと思いますが………」

 美少女が答える。 

「だろうな………。だが我々は大元を押さえる。これらの事件、根は一つだからな………」

 そう言って空を仰ぐヘルシング。

「しかし、一番被害の出ている事件を放置しておくのはどうかと………」

 長髪の少女が進言する。

 ヘルシングは不快な顔を露わにすると、少女を諭す。

「花月に悪い影響を受けでもしたか?目先の小事に目を奪われ、大事を放置すれば、結果、そちらの方が被害を大きくする。小物の掃除は、それこそあの小娘にでも任せておけば良い。幸いにして、花月はそちらの方を追っているようだからな………」

 少女は不承不承ながらも、ヘルシングの言葉に頷く。  

 だが、その顔は納得はしていなかった。出来れば、どんな被害も出したくはない、そう言っていた。

「むろん………」

 ヘルシングは言葉を続けた。

「無論、被害を最小限に食い止めることは必要だ。その為にも、少しでも早く元凶を叩く。少しきついかもしれんが、頑張れるな?」

 ヘルシングの言葉に、少女の顔から迷いが消える。

「はい、頑張りますっ!!」

 微笑む少女。

「何を頑張るのかにゃ〜?ミ〜ナちゃ〜ん☆」

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 何時の間に現れたのか、花月が少女のお尻に顔を埋めていた。

「か、花月様?」

 ミナと呼ばれた少女が戸惑いの声をあげる。

 傍らに、苦虫を相当口に入れたらしいヘルシングの顔があった。

「や、やめて下さい………花月様………」

 困惑するミナ。

 しかし、花月はやめようとはしない。柔らかなお尻に頬ずりし、手で撫でさする。

「やめないよ、僕はミナちゃんのお尻が大好きなんだから」

 スカートの中に手を滑り込ませ、太股にまで手を伸ばす花月。ミナの性格か、反意を表すものの、あまり抵抗しない。その為、花月の行為はだんだんとエスカレートしていった。

「ミナちゃんの肌、柔らかくてすべすべだね?ふふ、ぷにぷにしてる」

「いやぁ、やめて下さい、花月………あんぅ、さまぁん」

 恥ずかしさのあまり、ミナの身体は上気し、頬が赤く染まる。

「やめられない、止まらないってね………。ここはどうかな?」

「あっ、んくぅ!…………そ、そこは」

 巧みに手を動かし、ミナを翻弄する花月。

「そこは何?」

 花月が意地の悪い笑みを浮かべ、ミナを質す。

「い、いゃあ………」

 身を捩って逃れようとするミナ。だが、花月の攻撃は執拗であった。

「ありゃ、これは嫌って感じじゃないよね?うんうん」

「お、おねがいです、もう、きゃっ、………これ以上は………」

 目に涙を滲ませ、懇願するミナ。

「これ以上は何?これ以上続けるのかな?」

「やんっ!!…………あぐぅ、………か、花月様の………い、いじわるうぅ」

 と、そこへ、堪りかねたヘルシングが一喝する。

「やめんかぁあっ!!莫迦者ぉぉぉおおおっ!!」

 ミナが弾かれたように飛び離れ、花月は不興気な表情を見せる。

 ヘルシングの頭からは湯気が立ち上っているが、それ以上は何も言わない。

 何も言わない代わりに、彼は行動で意思を表した。

 やおら、懐から拳銃を取り出すと、何の躊躇いもなく、花月目掛けてトリガーを引いた。

 パン、と言う乾いた音と共に、花月の頬を銃弾がかすめる。

「な、何考えてんだよっ!?危ないじゃないかあっ!!」

 花月は青ざめながらも、ヘルシングに食ってかかる。

 が、ヘルシングは口の中で小さく舌打ちしたのみで、花月の言葉はまるで聞いていなかった。撃鉄をあげ、再び銃口を花月に向ける。

「おやめ下さいっ!教授っ!!」

 ミナが悲鳴を上げて、二人の間に割って入ろうとしたその時、切っ先を制す形でヘルシングがミナをとどめる。

「静かに………」

 眉間を寄せ、意識を集中させるヘルシング。

「お出ましだねっ!!」

 花月がいち早く駆け出す。

 躊躇いがちにヘルシングの顔色を伺うミナ。

「現れてしまったものは仕方があるまい…………」

 ヴァン・ヘルシングの言葉に、ミナは顔を輝かせる。

「そうと決まれば先に行くが良い。私の車椅子に合わせていては間に合わん、先に行って花月を援護してやれ」

 ヘルシングの言葉にミナは頷いて駆け出そうとするが、一瞬立ち止まって、振り返る。

「ノスフェランでしょうか?」

 ミナの問い掛けに、ヘルシングは神妙な面もちで答えた。

「情報が何もない時点での判断は無意味だ。…………だが、恐らくは…………」

 ヘルシングの返答に、ミナが頷く。

「いずれにしても、前に進むだけですっ!!」

 勇躍するミナ。その姿は月に消え、巨大な蝙蝠が姿を現した。


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