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「見ていろ、マッハウェンディとデカノビルが目にもの見せてやるぞ」

 アイホックは得意満面で全ての観客の視線を集める巨大なモニターの映像に目を向けていた。

 トメニアの衛星が持つ、地上の蟻も捉える機械の目は、音の10数倍の速さで突っ走るマッハウェンディとデカノビルに辛うじて追いつくことができ、モニターにややかすれ気味だが二人と解る映像を映している。

 閣僚達は目を白黒させて互いに顔を見合わせていた。彼ら自慢の軍人達は確かに速かった。しかしそれでも所詮は車で併走し、撮影できる程度だ。人工衛星にしか見えないマッハウェンディとデカノビルとは比較にならない。

 しかし、画面が切り替わると、それはアイホックを、そして閣僚や観客を唖然とさせた。

 マッハウェンディとデカノビルを遙か後方に引き離すかすかな影があったのだ。それが少女であると確認できたのは、湖で水を瓶に汲むために止まったときだった。しかし彼女は再びゴール目指して来た道を駆け出すと姿を消した。彼女が再びカメラに捉えられたのは、競技場と湖の中間辺りにある道端の並木の手前だった。

「このくらいのハンデがないと面白くなんないよね」

 上空からの映像は、彼女が道を僅かに外れて並木の下に入ったことを示していたが、彼女はそこから出ては来なかった。

 その少女−依緒名は、並木の根本にもたれかかり、瓶を傍らに置いてうたた寝を始めていたのだ。

「慌てない慌てない。一休み一休み...一応言っとかないと」

 競技場を離れ、近くのビルの屋上へと移ったファイ達だけが、魅紅の目が捉えた依緒奈の動静を知っていた。

「あらあら」

 ファイは予想外の展開に期待を隠さない。

「大丈夫かな」

 なすびだけは不安が先に立っていた。

 暫くの後、並んで走るマッハウェンディとデカノビルは湖に辿り着き、水を瓶に汲むと競技場へととって返した。

「なんて奴だいあいつ、この調子じゃ全っ然かなわないよ」

「そんなこと言ってる余裕があるんだったらもっと速く走んなさいよ!」

 苛立つマッハウェンディ。

「悔しいけど僕はもう駄目だ、もうこれ以上速くなんか走れない、世の中にあんな速い奴がいるなんて思わなかった」

 何しろ二人はスタートで抜き去る依緒奈の姿を見たきりなのだ。往路よりもスピードを上げ、音の20倍以上に達しているにも関わらず、依緒奈の姿が見えないのだ。

しかし。

「デカノビル!あたし達、勝てるかも知れないわよ」

 走り続けていたマッハウェンディが並木の根本を指して言った。

そこには、依緒奈が華奢な肢体をもたれかからせて居眠っていた。

瓶はと言うと、道の真ん中まで転がり落ちてきている。

「よーし、力が湧いてきたぞー!」

 デカノビルが、マッハウェンディがさらに速度を上げ、依緒奈の横を通り過ぎた。後ろから追いすがってきた衝撃波に依緒奈の柔らかい髪が風にあおられ、木の葉が舞い散る。二人がすぐ側を通り過ぎた瓶は宙へと巻き上げられ、割れこそしなかったが地面に落ちた拍子に蓋が外れて水かこぼれてしまっていた。しかし依緒奈は気づかないまま眠っている。

 競技場に見る見る近づいてくる二人の映像に、アイホックは彼らの勝利を確信していた。

「依緒奈は三位に後退した」

「ええっ!」

 平然と言い放つ魅紅の発言はただなすび一人を驚かせた。

「このまま負けちゃうのも面白いかもよ」

 詩織が意地悪く微笑む。

「詩織ぃ!依緒奈起きてって!起きてってば!!」

 ブレスレットで依緒奈に呼びかけるが応答はない。

「最後の最後で逆転なんて面白いんじゃないかしら。依緒奈を起こせるわね?」

 ファイが魅紅に笑顔を向ける。

 その頃、競技場から地平を睨むカメラは、遙か彼方に砂煙を巻き上げながら疾走してくる二つの影を、不鮮明かつ点ほどの小ささながら映し、人々に、1位と2位がマッハウェンディとデカノビルの二人によって占められるであろうと確信させていた。

 その時、無造作に銃を構えた魅紅が引き金を引く。弾は依緒奈の真上の枝の一つをへし折り、彼女の額へと半ば毬包まれた団栗をぶつけた。

「いてっ!何すんだこのやろ...えっ?何!?」

 飛び起きて辺りを見回す依緒奈。

「お早う依緒奈」

 ファイの声が悠長さもろともブレスレットから聞こえ、それが却って依緒奈を焦らせた。

「ファイ!ひょっとして誰かに抜かれた?」

「ええ、あなたのずっと前に二人」

「急いで!約束したんでしょ!」

 なすびが割り込んで叫ぶ。

「じゃあまだ間に合うんだ」

「もうすぐ間に合わなくなるんだってばぁ!」

「だったら勝てる!」

 立ち上がり、走り出そうとしてはたと瓶のことを思い出して探す。しかし見つかった彼瓶には、中身が一滴も残っていなかった。

「大変だああ!」

 依緒奈は瓶を手に大急ぎで湖へと駆け出す。

 ゴールの直前では、デカノビルとマッハウェンディが、どちらが速いかを競っていた。僅かに抜きつ抜かれつしながら互いに譲らないまま競技場の前まで駆けてくる。

 その時、二人の間を風が切り裂いた。目の前を見ると、一瞬少女の影が見え、そして消えた。

 そして競技場のゴールでは、誰もいないのにテープが切れた。いや、ゴールの奥でコースが焼ける匂いと濛々たる煙の中から、依緒奈が姿を現した。

 観客は暫く何が起こったか解らなかったが、次第に事情を呑み込み、そして競技場は歓声に包まれた。アイホックは声もなく立ちつくしていた。

「おめでとう、あれほど速いとは思わなかったよ」

 上擦った声で依緒奈を出迎えるアイホック。

 そして、依緒奈と仲間達の六人が招待されたのは皇居の一隅にある離れだった。

 ドレスに着替えた六人の少女達はそれぞれに何とも魅力的だ。

 ファイは半ば透き通って華奢なシルエットも露わな白いドレスを身につけている。その可憐な姿は妖精かおとぎの世界のお姫様そのものだ。

 黄緑のドレスに身を包んだ依緒奈は闊達な少年を思わせて愛らしい。

 なすびはまさにおとなしい少女がおずおずと女性へと踏み出そうとしている初々しさを漂わせているし、魅紅は触れただけで折れてしまいそうな印象が少女の持つ脆さ、危うさを放っている。

 メイはひたすら可愛いだけといった感じだが、一際幼い体つきにも微かに大人になりかけた少女の色香を見せていた。

 そして蝙蝠のような小さな翼を持つ黒いドレスを来た詩織はあどけない淫魔を思わせる。斜めにかぶった帽子は山羊の頭を型取り、その額には逆五芒星形があしらわれている。

「今日は存分に飲み食いしてくれたまえ」

 アイホックが自ら少女達を招き入れた。

「見た目通りの従順さを持ち合わせていてくれればこのようなことにはならないものを」

 しかし彼の心はそう呟いていた。

 七人分の席が用意されたテーブルには、既に色とりどりの前菜が並べられていた。それらは食客達に出されたものとは比べものにならないほどの繊細さが凝らされたものだった。

「うっわー高そう」

 依緒奈が目を見張り、メイが唾を飲み込む。

「料理人が寸暇を惜しんでくれたからね」

 アイホックが喜んでいる風を装って六人のグラスにワインをついでまわった。そして自らのグラスもワインで満たす。

「依緒奈君の勝利と、トメニアの平等に乾杯」

 グラスが次々に上機嫌な音を立てた。

「では自由にやってくれたまえ」

 突然アイホックが席を立つ。

「どうしたの?」

 と言うファイに、

「皇帝は何かと忙しくてね」

 そう言い残して早足で出ていった。

 

「用意はいいね」

「はい、いつでも」

 離れを出たアイホックの側を並んで歩くのはマリアナだ。

「やめて下さい!」

 二人に追いすがるリュートマ。

「うるさい!私に盾突く気か!」

 アイホックはリュートマを怒鳴りつけるとマリアナや彼女の支持で火をつけた彼女の部下達と共に本館へ姿を消した。リュートマも仕方なく後を追う。

「おかわり」

 離れでは既にメイが自分の皿を平らげていた。

「呼んだら持ってきてくれるのかな」

 なすびが呼び鈴でもないかと辺りを見回す。

 その瞬間窓のガラスが次々に割れて飛び散り、むっとする熱気と共に炎が入ってきた。

炎は全ての窓から壁を、床を伝って調度品を呑み込みながら六人に迫ってくる。

 離れそのものも、その周囲もことごとく火の海になっていた。

「メイ、これ食べる?まだ手を着けてないから」

 なすびが咄嗟に言った。テーブルが炎に呑まれるまでに平らげられるのはメイだけだからと気を効かせたつもりだったのだ。

 そうこうするうち、五人は詩織の回りに集まってきた。

「要するに、あたしに一仕事しろってことね」

 溜息混じりでうんざりした様子だ。

 

「思ったより火の回りが早いようです」

 窓ガラスも遮りきれない熱気と、窓に散る火の粉に思わず目をしばたたかせながら見つめるマリアナ。

「すぐ丸焼きができるというわけだね」

 ほくそ笑むアイホック。

「黒焦げですよ」

 嬉々として答えるマリアナは単純に皇帝に自分があてにされているということが嬉しかった。マリアナの部下達が笑い合ったのも同じ思いからだった。

 リュートマ一人が目を伏せ、顔を背けている。

 しかし、火勢はすぐ衰えを見せた。いや衰えるどころではない、一瞬で完全に消えてしまったのだ。燻ってもいない。そればかりか、焦げた周囲の地面までも白い霜に覆われ、建物などは急に冷えたためにひび割れて崩れ始めていた。

 冷気で窓が割れ、アイホックらは凍えるほどの寒さが襲う。

 そして、瓦礫の山の中から六人の少女が姿を見せた。

 アイホックが驚いて左右を見ると、マリアナは部下を連れて逃げ出し、そこにはいなかった。

「無事だったのか、死んだものと思ったよ。助けに行こうとしたが、もう建物が火に包まれた後だった」

「ご主人様....」

 精一杯六人を気遣っているように見せるアイホックを、リュートマは哀しそうに見つめていた。

「アイホック、恨まれてるんじゃない?」

 ファイがアイホックにきょとんとした顔を向ける。

「そ、そんなことは...。」

 思わず視線を逸らすアイホック。

「改めて一席設けるとして、先に一人で運べるだけの宝を持っていくがいい」

 話を逸らすようにアイホックが蔵へと案内する。それはかつては列車砲の格納庫だったという、半ば地下に造られたコンクリート製の巨大なバンカーだ。

 そこには今や、山をなす美術、工芸品や宝飾品が集められ、目が眩むほどの輝きを放っている。

 そして間もなく、アイホックは彼女たちをそこへ連れていったことを大いに後悔した。

 蔵から出てきたなすびの背には、膨大な宝が一つの塊に結わえられ、後に残ったものに興味を引かれる者などいないであろうほどに蔵は空にされていた。

「や、やめてくれ、あれを運び込むのに、世界一のクレーンが何日働いたと思っているんだ...」

 心の中でアイホックは力無く呟くと、壁にもたれ掛かったまま崩れそうな体を奮い起こすと、またもどこかへと姿を消した。

「こんな約束を実行されていいものか、治安相!奴らを殺せ!宝を取り返すのだ!食客にも出てもらうぞ、リュートマも行け!軍も出すんだ!こんな時に宰相連中は何をやっているんだ!」

 彼はマリアナ達を集めて怒鳴り散らしていた。

「きゃあ何何?」

 なすびが叫ぶ。

 皇居を出て、彼女たちの根城を目指す彼女達を、無数の人垣が取り囲んだのだ。

「宝に当たったら大変だ、よく狙え。あのてっぺん近くにあるでかい絵は凄い値打ちだそうだ」

「あそこにくくりつけられてる壷もいいものらしいぞ」

「よし、爆風で気絶させてやる」

 治安部隊だけでなく軍も加わって六人を幾重にも取り巻き、ちょっとした煙突ほどもある巨大な砲身を突き出した何百両もの戦車が人垣の中で狙いを定める。食客達もその奇怪な姿を見せていた。

「メイさっき余分に食べたんだから、少しくらい何かしてみたら?」

 依緒奈がメイを促す。

「少しでいいの?」

「ええ、そっとで充分よ」

 ファイが夥しい軍勢を見回して言った。

「うんうん、それじゃあ」

 メイが息を吐く。それと戦車の砲口から火炎が迸るのとは殆ど同時だった。

 周囲を埋め尽くした敵はことごとく吹き飛び、届かない砲弾や戦車もろとも風圧で四散し枯れ葉のように砕け散った。

「殺せ!殺すのだ!!」

 皇居からその惨状を見ていたアイホックは、しがみつくリュートマをふりほどき、蹴飛ばしながら絶叫していた。

「がああああ!」

 四本の腕と十本の脚、前後に三つずつの目を持つ食客が少女達の行く手を阻み、凄まじい速さで手と足を繰り出した。横からは巨漢が進み出て金砕棒のような長い頭を振り回す。

「こいつらパプリカ倶楽部版でも出てなかった?」

 と依緒奈。

「突っ込むところそこじゃないって」

 困ったように苦笑するなすびが大荷物を持ち上げたまま金棒頭を体で受け止めた。というより体がすくんでしまって何もできないだけだった。鈍い衝撃音と共に、男の鼻と耳から血が、いや耳からは血だけではない何かが流れ出た。

「肩の上に乗っかってるのが腐ったキャベツじゃなくて脳の詰まった頭だったらそんなくだらないことするなー!!」

 依緒奈が片足で立ったまま無数の蹴りを繰り出す。

 金棒頭男は頭を砕かれて崩れ落ち、三つ目男は腕と脚の大半をへし折られて地面に転がった。

 何人かの食客がまだ残っていたが怖じ気づいて手が出せず、六人は何事もなかったように姿を消した。

 

 日が暮れる頃、皇居の居間にはアイホックとリュートマだけが取り残されたように座り込んでいた。

「こんなことになって私は一体...」

「やり直すことはできます!」

 がっくりと肩を落としたアイホックを励ますリュートマ。

「もうどうしていいか解らない....」

 窓から差し込む橙色の光を焦点の定まらない目でぼんやりと見つめたままでアイホックが呻く。

「きちんと考えて下さい!僕は信じていますから!」

 リュートマがアイホックの両肩をつかんで揺すぶった。

「我々もいます!」

 互いにそっくりな二人の若い山伏だ。

「.....そうか」

 アイホックはそのまま黙り込んでしまった。いつしか夕闇が、彼らを包んでいた。

 その時既に、議事堂には閣僚全員が集まって今後の対応を決めていた。

「今上陛下がここまで皇帝の権威を貶められるとは悲しい。実に悲しい」

 難しい顔で、しかし空々しくセンデンが言う。

「それを妃殿下が回復させて下さるのです。今の陛下では、私の大事な部下が報われません」

 マリアナが強い調子で言った。

 妃殿下というのはアイホックの姪に当たる、彼と同年代の唯一の皇族だ。アイホックには数人の親類縁者がいるが、皆トメニアを離れている間に皇族でいることに嫌気がさしてしまい、残っているのは彼女だけだった。

「して、妃殿下は今も天真爛漫でいらっしゃるんですか」

 レイソンが訊ねる。

「昔よりはおとなしくなられたが、やはり少々..。それだけ我々は安心していられるわけです」

「それでいつこちらに着かれます」

「今日中には。既に施設にお迎えに向かっています」

 レイソンとセンデンがにやりと顔を見合わせた。

「では、行って参ります」

 そう言ってマリアナが立ち上がり、側に立っている部下に自らが乗る車を呼ぶよう目配せすると部屋を出ていった。

「いよいよ山場だな」

 そう言うセンデンの声は少し無邪気に高揚していた。十数名の閣僚は一様に表情に安堵の色を浮かべていた。

 

 日も暮れた頃、皇居は治安部隊に幾重にも取り巻かれていた。数十台の装甲車が火炎放射器を建物に向けている。アイホックの食客だった者も十人以上いる。アイホックが宝を奪われるのを見、まだ生き残っていた食客の大半はこの先の待遇に不安を感じて逃げてしまっていた。マッハウェンディもデカノビルも姿を見せないが、中には寝返った者もいたのだ。

「配線は終わっています、どうぞ」

建物に最も近いところから見つめるマリアナに、部下がコントローラーを渡す。

「始めるわよ」

 スイッチを押すマリアナ。

 全ての建物から火柱が上がった。

 コンクリートでできたマッシュルームの柄を、傘を炎が走り、見る見る包み込んでいく。。

 装甲車の火炎放射器が窓の中へと炎をそそぎ込む。

 

「なぜ報知器が鳴らない!スプリンクラーはどうなっているんだ!消防は!」

 中では煙が天井を這う廊下を、アイホックが口にハンカチを当てて叫んでいた。

 双子の兄弟とおぼしき二人の山伏は彼の側で錫杖を振り回して煙を払っているが、無論何の役にも立っていない。

「電話線は切られています、報知器も!」

リュートマがアイホックに走り寄る。

「あそこの窓は無事だ、早く!」

 山伏の一方が窓へと走り、もう一人もアイホックとリュートマを連れて続く。

 先頭の彼は錫杖で窓を叩き割り、外へと飛び降りた。

 その途端に彼の体は炎に包まれる。

「一郎太!」

 もう一人が慌てて駆け寄る。

「一太郎!来るな!」

 やっと叫んでのたうつばかりの山伏にさらに火焔が浴びせかけられる。火の粉が散り、肉が焼けて弾ける音がした。もう一人の山伏−一太郎−の視線の先には治安部隊がひしめいていた。

「マリアナ.....!」

 アイホックが一郎太を包む炎の間にその姿を見た瞬間、一太郎の体を焼け落ちたコンクリートの梁が押し潰した。

 彼ら二人は巨大な擦弦楽器で音波を発し、コンクリートも粉々に砕く特技を持っているが、それに用いるオクトバスも燃えてしまっていたし、もしその技が使えたとしてもこの火の海では役に立つはずもなかった。

「..........!!」

 火が迫っていることも忘れて立ちつくすアイホックとリュートマ。

「リュートマすまない、巻き込んでしまって。他の食客達もそうだ、私は、私はアイホックではなかった、皇帝でいようとしていただけだったのだ、今やっと、ただのアイホックになれそうだと思うよ.....せっかくアイホックに生まれてきたのに、随分長くかかったものだな」

「ご主人様!」

 リュートマが嬉しそうに微笑んだ。

「リュートマ、最期くらいアイホックと呼んでくれないか」

「はい、アイホック」

 アイホックも嬉しそうだった。

 

「♪.....り〜のな...で〜、緑に輝く葉〜葉緑体の〜チラコ〜イド膜、上に〜並んだクロロ〜フィルが、光を集〜めている〜光〜が電子を流す〜電子の〜流れが化学エネルギーに変えられてい〜く〜」

 どこかから歌が聞こえる。愛らしく、どこか儚げな声。音程は正確だが、しかし感情の欠片も見出せない声。

 そして、二人の目に、装甲車が次々に矢のような閃光に貫かれて爆発していく様が映った。炎と黒い煙の向こうで、長い臙脂色の髪の少女の姿が陽炎に揺らいでいた。

 薄青いドレスの少女らしい影が駆けめぐっているように見えるや黒いの制服を着込んだ治安部隊の人垣が崩れ、手足や首が刎ね飛んでいた。

「こいつらってあいつらなんだ」

 そして影の主は、勤皇隊の正体が彼らだったと見抜いた。

「迎えに来たわよ!あなたにはまだやりたいことがあるんでしょ?」

 先頭に立って呼びかけているのはファイだ。傍らにはなすびが、メイが、銃とマイクをそれぞれの手にした魅紅がいる。

 間もなく、強風にあおられたと思った瞬間、二人は意識を失った。

 

「魅紅はやっぱり歌わない方がいいよ」

 .....どこかから人の声が聞こえる。この声は、依緒奈だ。

「貴方が勧めたから歌った。」

 魅紅だな、あの時の歌も彼女だ...。

「今度ばっかりは変なこと言ったと思ってる。あれじゃ機械だよ」

「選曲は間違っていなかったと思う」

「それもどうかと思うけどね」

「ふふふ」

 ファイもいるのか。

.....そう思ったところで、アイホックは目を覚ました。

「ここは?」

「私たちの住まいよ」

 傍らにはファイがいた。アイホックは辺りを見回して、自らがベッドに横たえられていると知った。

「助けてくれたのか」

「メイが火を消してくれたわ」

 そのメイは窓際で丸くなって眠っている。大いに手加減して息を吐くなどという行為を二度に渡って敢行したために、いつも以上に神経を使ったこともあるからなのか、あれからずっと深い眠りについている。

「治安部隊が囲んでいたはずだが」

「全部火の中にくべてやった」

 依緒奈が無邪気に笑う。

「そうか、私の仲間達は?」

「貴方達四人の治療はほぼ完了した」

「おわあ!」

 全裸に白衣を羽織っただけという出で立ちの魅紅に仰天し、頬を赤らめながら目を逸らすアイホック。

 彼女によれば、建物に潰されたことで呼吸器が損傷を受ける前に呼吸が止まった二人の山伏は外傷の修復や欠けた手足の再生だけで済み、治療が容易だったそうだ。アイホックとリュートマは呼吸器が熱で完全に崩れていたために手間取ったのだという。そして中年にさしかかっているアイホックだけが、今日−あれから四日経つ−まで治療のために眠らされていたのだ。

 「そうか、有り難う。彼らが巻き添えにならなくて本当によかった」

 

「ごめんなさい、こんなに早いはずじゃなかったんです、ほんとごめんなさい!」

 詩織の部屋のベッドの上で、素っ裸のまま詩織に何度も土下座しているリュートマ。

「可愛いから許してあげる」

 やはり生まれたままの姿でうつぶせになっている詩織が笑いかけた。

 ベッドの下に裸で転がっているのは病み上がりであるということとは全く関係のない理由でやつれた面持ちの二人の山伏だ。

 

「本当に色々世話になって。できればずっと一緒にいて欲しいんだが」

 旅立つ六人を見送るアイホック達。既に巨大なヘーゼルナッツのような住まいも、山ほどの宝も、圧縮されてなすびの手荷物の一つになっている。

「あなた達が一緒に来ればいいのに」

 微笑みかけるファイ。

「なに、トメニアに平等をもたらす仕事が残っているからね」

 その声は、あの日の演説よりも力強かった。

「アイホックは死んだことになってるんだよ。戻ったりして大丈夫なの?」

心配そうななすび。

 アイホックが眠っている間に彼の失火で皇居が全焼してアイホックは焼死したこと、「彼を救い出そうとして」治安相他大勢の死者が出たこと、そして新帝が即位したことが様々なメディアで発表されていた。

 広場には市民がひしめき合い、皇室の紋章があしらわれた小さな旗を振って即位を歓迎していたという。

「やりがいがありそうじゃないか。皇帝などではなくなったからこそ本気で取り組めるというものだ。またいつか立ち寄ってくれたまえ、生まれ変わったトメニアをお目にかけよう」

 彼ら四人は少女達に暫くの別れを告げ、再びトメニアの中心へと帰っていった。

 アイホックが振り返って言った。

「そうだ、言い忘れていたことがあるんだ、今度来てくれたときに言うとしよう!」

「何それ、今じゃ駄目なの!?」

 依緒奈が呼びかける。

「今度にしてくれないか、今は言いにくいんだ、ではまた会おう!」

 そう告げて彼は駆け出した。

「待って下さいよ!」

 リュートマも、二人の山伏も続く。

「言いたいことって、一度気が変わったことですか?」

「決まっているだろう、今はそれを埋め合わせる償いなどできていないのだ」

 恥ずかしそうに言うアイホック。

 そしてトメニアへと走り去る四人。

 六人の少女もまた旅立った。

 

 歩きながら、依緒奈がぽつりと言った。

「あいつ、今度は気が変わったりしないといいけどね」

 するとファイが言った。

「あら、あなたも気づいてたの?」

「あたしはそんなに鈍かないってば!」

 不機嫌そうに言う依緒奈の目は笑っていた。

−終−


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