[PR]生年月日で2010年占い鑑定:初回無料!貴女の運命運勢を占う

「離れないでよ」

 国仁は6人の少女達の先頭に立ち、早足で常に周囲に気を配りながら歩いている。

 白く四角い建物に挟まれた白い道はどれも真っ直ぐだ。しかも中心の広場から放射状に周囲へと伸びている。彼女達を追跡しようと思えばかなり容易なはずだ。

「どうしたのさ慌てて」

 国仁のすぐ後ろを歩いていた依緒奈が呼ぶ。

「一応さあ、あなた達は追われてる筈なんだし」

 国仁が心配そうに振り返った。

「あたし達追いかけられるような事してないんだって」

 依緒奈は少し困ったように苦笑し、国仁の腕にしがみつく。

 微かなシャンプーの香りが国仁の鼻を擽り、細い髪がさらりと揺れるのが視界に入った。

 彼女達に対して、ゲートを強行突破して平然としている英雄好漢としかとらえていなかった国仁だが、この時彼は初めて彼女達が少女なのだと認識した。自分の右腕に絡まっている依緒奈の指のか細さ、柔らかさ、ぬくもりが長袖のシャツの生地を通して伝わってくる。国仁の右脚に一瞬依緒奈の剥き出しの太腿が触れ、どきりとして思わず体を強張らせる国仁。急に動きがぎこちなくなる。

「国仁って可愛い。15年前の君に会いたかったかもよ」

「ふふ、本当ね」

 一行の最後尾を歩いていた詩織が微笑み、ファイも同調した。

 国仁は自分が少女達の集団のただ中に放り込まれている事を実感し、周囲への警戒心などどこかへと飛んで行ってしまった。

「おっ...男なんだから仕方ないよ」

 先程までとは異なる理由で、足早に歩く国仁。

 依緒奈は悪戯っぽい笑顔を国仁に投げかけながらそのほっそりとした体や小さな胸の膨らみを国仁に押しつける。

「勘弁して欲しいなもぉ....!」

国仁は彼女達に、そしてそれ以上に自分自身に対して悲鳴を上げながら、上体を前にのめらせたまま足早に歩き続けた。 


「おじゃましますよ」

 コーヒー豆がぎっしり詰まった四角いガラスの並ぶ木のドアを開けると、ドアに下がったベルががらんがらんと鳴り、どこもかしこも白く四角い建物の列が平坦に続く乾いた町並みからは縁遠い空間が広がる。

 プテラスピスという名の喫茶店。ここが国仁が案内した店だ。今は昼の営業を終えて夕方までの休憩時間だ。

 店内をしっとりと包む褐色のほの暗さを黄色い明かりが照らしている。

「いらっしゃい」

 カウンターの中で食器を拭いている20代前半と思しき女性が国仁を迎える。

 肩に届かない程度の短い髪を持ち、つり目がちの、色気はないがかなりの美人だ。

「鈴華(りんか)、団体さん、案内してきたよ。さ、どうぞ」

「お邪魔するわね。まあ綺麗なお店」

ファイ達六人が国仁の脇から姿を見せる。

「珍しいわね、国仁が若い娘と一緒なんて。それも大勢」

「ゲートで知り合った旅の人たちさ。友達になったんだ」

「うっわあ可愛いなあ、紹介しろよ」

 テーブルを囲むソファーの一つに座っていた大男が振り向く。

 国仁と同い年くらいで、頭髪は全くなく、筋骨隆々とした逞しい男だ。

 鈴華という女性は国仁とは数年来の友人だ。同じ学校に彼女の方があとから入ってきて、先に卒業してしまったのだが、その時以来ずっと気の置けない仲だった。

 閉店後の今も店に居座っている唯一の客の方はハンスといって、国仁とは子供の頃から親しかった。本職は鍛冶屋で、この時間は長めの昼休みをとっていて、国仁を通じて知り合った鈴華の店で大抵くつろいでいた。

 適当にソファーに腰を落ち着けた6人に鈴華が水を運んでくる。

「国仁の友達なら私の友達よね、鈴華よ、よろしく」

「俺はハンス!」

「私はファイ。彼女が」

「依緒奈。よろしく!」

そして依緒奈が

「こっちがなすび、隣で寝てるのがメイ、反対側の髪の長いのが」

と続けて全員の紹介を手っ取り早く終わらせた。

「それで、ザイラには何をしに来たんだい?」

「オムライス、食べようと思ってさ」

依緒奈が返す。

「僕が、ご馳走するっていう話になってね。キッチン、貸してくれるかな」

「いいわよ、もう少し待ってね、片付け終わるから」

「悪いね」

「その代わり、私とハンスの分も、作ってよ。ね?」

 鈴華がハンスに目をやる。

「そうだそうだ」

「国仁のオムライスって、そんなにおいしいの?」

 依緒奈が鈴華に尋ね、ファイも少し身を乗り出した。

 なすびの膝を枕にして寝息を立てているメイがぴくりと動いたが、再び眠りの中へと墜ちていった。

「すっごくね。私もあんなの作れないし、どこで食べても彼のにはかなわないもの」

「僕の場合、時間かかるし、段取り悪くてさ、食器が山積みになるけどね」

「あたしとおんなじだ」

 なすびが微笑んだ。

「それはいいんだけど、国仁さあ、ゲートで知り合ったって、あなたまたやったの?」

 鈴華が少し表情を曇らせた。

「いやあ、カンピオニをね」

 国仁が少し気恥ずかしそうに言うと、分厚い本が包まれた紙の袋を見せた。

 カンピオニ。週間少年カンピオニという雑誌のことだ。発売日は毎週金曜日なのだが、ザイラではゲートを通る手続きのためにどうしても一日遅れてしまう。彼は発売日のうちに手に入れるために近くの街まで買いに出ていたのだ。

「いい加減ゲートじゃないところ飛べばいいのに。いつか見つかるわよ」

「ささやかな抵抗さ...。彼女達ほどの、勇気はないよ」

「勇気?」

 ファイが不思議そうな眼差しを向けた。

「何、したの?」

 鈴華が意外そうにファイを見る。

「ゲートの壁に大穴が空いてさあ、役人らしいのが何人かがすっ飛んでったと思ったら、 中が騒がしくなってて、そしたら扉が開いて彼女達が出てきたんだ」

 国仁はいくらか興奮気味に説明した。

「壁があったから、出入り口を探したの。あったから、そこから入ったのよ?」

 ファイが事も無げに言った。

「まさかあんなごろつきがとぐろ巻いてるなんて思わなかったけどね」

 そう言って背をソファーにもたれかからせる依緒奈は誇らしげに見えた。

 そして彼女が話を続け、役人達がからんで来て彼女達と争いになった事、彼女となすび、そしてメイによって蹴散らされた事、なすびが門扉をこじ開けたことを話して聞かせた。

「すごいな、あのゲートの扉をか」

 ハンスがなすびの隣にどかっと座ると、ごつごつした大きい手で彼女の手を取って喜ぶ。

「あ、ああし、失礼」

 ハンスはその手がゲートをこじ開けた豪傑のものではなく、柔らかな肌に包まれた華奢な少女の手に過ぎないと解って慌てて放した。

「べ、別に重くはなかったから....」

 異性に手を握られたのと、自分が今注目されているのとで彼女も狼狽えている。

「信じられないな、この手でねえ」

「それで、カンピオニは?」

と鈴華。

「ああ、家に帰って読むよ。明日になるかも知れないけど」

「だったら今日買わなくても」

 鈴華が再び心配そうに国仁を見つめる。

「そうだぞ、もし見つかって撃たれでもしたら。本一冊に命がけってのは」

 ハンスもそう言った。

 国仁が、少し考えてから口を開いた。

「ほんとはさ、命がけじゃ、いけないと思うんだ....。僕は、ゲートを通らずに、勝手に出入りすることが、少し勇気が要って、少しかっこいいって思わないでもなかった。でも本当は、こそこそしないで堂々とゲートを破ればよかったんだよね」

「そうすりゃいいのに」

 口を挟む依緒奈が不満そうに口を挟む。

「そこなんだよ....あなた達は、それができた。当然のこととして、勇敢さも、決意もなしに。でも、壁に囲まれてる事が普通になってる僕たちには、大変な事なんだ。壁は、ただのコンクリと鉄の塊じゃない、その後ろにあるルールそのものが、僕たちを囲んでる壁なんだ。おおっぴらにゲートを破ったら処刑される、世界は広いのに、僕らは自由に壁を通れない。そんなことが許されるなんて、間違ってる。でも、もしやったら、僕は処刑されることを拒めるだろうか、今までみたいに、のんびりと時計屋をやって、しょっちゅうここに入り浸れるだろうか、そんなことを考えると、やっぱり....ね」

「ルールが間違ってると思うなら、どうしてそれを変えないの?」

 ファイが怪訝そうな瞳を向けた。

「手続きに、時間がかかるのさ。ザイラの正式な名前、何だと思う?ザイラ自由市民都市共和国さ。最後の世界戦争で、国なんて過去のものになったって、みんな思ってるけど、結局はザイラの名前一つまだ変えられないんだ。決まり事は、専門の委員会で審議した後で、代議員会で承認されないと変わらないんだ。だから、僕たちか、僕たちと同じ考えの人間を、大勢代議員会に当選させなきゃいけない」

「ザイラの人達は、あなた達と同じ考えじゃないの?」

 なすびが言う。

「...そうだね。そりゃ確かに少しくらい不便とは思ってると思う。でも、少しずつ簡単に通れるようになってるし、ここまで形だけになると、もう関心自体がないみたいだんだよね。選挙の時に公約にする人も最近じゃいないし。それにね、壁はザイラを守ってくれる。最後の世界戦争の時も壁のおかげでザイラは持ちこたえたんだ。今まであったあれがなくなったら、それだけで、そのこと自体が心配だって気持ちは、やっぱりあるんだよ、僕にだって、少しはね」

「....おかしいよ」

 依緒奈が言った。

「どうして自分のルールを自分で決めないのさ、自分のルールは自分のだよ!守るのだって変えるのだって!他の誰かが決めたルールで動くなんて、....どうかしてるよ!!」

 依緒奈がもどかしさを爆発させた。

「解ってる、解ってるんだ...!」

ハンスが禿頭を撫でくりまわしながらぼやく。

「今は、まだ我慢できる、でも、いざとなったら、余程腹に据えかねたら、壁だってゲートだって、この手で叩きつぶしてやるさ!どんなことだって、最後は自分で決める、そのくらいのことは解ってるさ!!」

 拳を握りしめるハンス。

「あ、あのハンス、ちょっと物騒なんじゃ..」

 ついなすびが口を開いた。

「確かに...物騒かも知れない」

 今度は国仁が口を挟む。

「でもさ、ザイラは何のためにあるのか、だよ。ザイラは、ザイラの体面のためとかのためにあるんじゃない、」

そして依緒奈の方を向き、

「今あなたが言ったとおりさ。ザイラは、ザイラの人間一人一人のためのものさ。僕たちは、ザイラが好きだから、ザイラから、離れられないから、だからザイラを昨日よりも、今日よりも良くするために、物騒なことでも何でもやるさ。....うらやましいな、あなた達が。この程度のことに、僕達には、ここまでの決意が要るなんて、まだ我慢できると思って、実際我慢してるなんて、....やっぱり意気地ないよね」

 なすびが首を振り、親しげな笑顔を見せた。

「そんな事、ないよ。あたしだって....あたし、前は学校の寮にいたんだけどね、外出許可日以外に外に出るの、いけない事だって教えられてたから、だから、そうとしか思わなかった。時々こっそり外に出る人とかいたけど、そんな人だって、悪い事してみようって思ってするだけでさ、ちょっとした悪戯のつもりってだけで。本当は自由なのに、学校の決まりなんかで決められる事じゃないのに、何でもない事なのに気付きもしなかった。ファイと依緒奈が、教えてくれたんだ」

「なすびが気付いただけだよ。自分の力で。それにしても急に話がせせこましくなってない?」

 そう言って依緒奈が照れる。

「そうよ、あなたはあなた自身の気持ちが解ったんだわ」

 ファイが優しく微笑んだ。

「マスター!マスターいる!?」

 突然ドアが開き、一人の少年が息せき切って飛び込んできた。癖のある少し短めの髪、線の細そうな顔立ちの、10代半ばの少年だ。美しさよりも可愛らしさの方が幾分勝っている。

「どうしたの」

 鈴華が心配そうに声を掛ける。

 少年はこの店の常連客で、名をアルドといった。

「彼女達は?」

「旅の人で僕の友達。オムライス食べに」

 国仁がなだめるように言う。

「だったら丁度いいよ。聞いてもらおうよ!」

「何があったんだい、まあ座んなよ」

 ハンスもアルドを落ち着かせる。

「見たんだよ僕....東のゲートで。僕と、同じ学校の人だった。話とかはした事ないけど、昨日、カンピオニを外で買って、ゲートを堂々と通って中に入ってやるって、言ってた....。そしたらさっき、ほんとにゲートを破って、中に入ってきてた....嬉しそうだったよ....でもさ、でも、役人が追っかけてきて、すぐ....ばらばらに、切り刻まれて.....。こんな事もうないって、ザイラ人はこんな馬鹿な事しないって思ってたのに...」

「東のゲートって、あたし達が通ってきたとこなんだよね...それじゃ、あたし達が来る前に、そんな事があったんだ....」

 なすびは驚きを隠せない。

 依緒奈は何か言いたそうだったが、うまく言葉にならないらしく、拳を握ったまま俯いたり天井を見たり、足を踏みならしたりしていた。

 「不思議な事があるものね....」

 ファイが本当に不思議そうに半ば独り言のように呟く。

 帽子を顔の上に乗せてソファーに寝っ転がっている詩織はアルドを一瞥すると帽子に隠れて嘲るような笑みを一瞬浮かべたが、そのまま視線をアルドに釘付けにしていた。

「ふふ、可愛い子」

 


「そろそろ、潮時かも知れない....」

 国仁が立ち上がり、遠い目をして言った。

「まだ我慢できる、まだ自分は平気だから...そう思えば、思えるかも知れないけど、でも、もうやめにしない?こんな事で、一人死んだなんて、馬鹿らしいよね....。それでも黙ってるなんて....もっと馬鹿らしいよ....。今が、きっと、ううん、もう遅すぎたんだ....」

「国仁...、どう、すんのさ」

 アルドがじれったそうに国仁を見上げる。

「革命...ってやつ、やってみようか」

国仁が鈴華と、アルドと、ハンスを次々に見る。「革命」という言葉に、少し酔ったような、いや、そうではない事は確実だ。しかし、子供のように無邪気な笑みを浮かべて。

「やろうよ!」

 アルドが言った。

「当然だ」

 ハンスにも異存はなかった。

「それで、具体的に何をどうするの?」

 鈴華も立ち上がる。流れは既に定まっていた。

「オムライスが遠のきそうだ」

 依緒奈がそう言って悪戯っぽく笑った。

「ごめんね、少し時間くれない?」

 国仁が答えて笑った。本当に、嬉しそうだった。


「もしもし。国仁でーっす。聞いてよ実はさあ...」

「ねぇヨー?、僕。アルド。今どう暇?革命。うん今から」

「来るでしょ?今すぐよ。私の店。遅れたら置いてくわよ」

 鈴華は店の、国仁とアルドは、アルドが持っている携帯用の電話を使って友人達を呼び集め始めた。ハンスも仲間を呼び集めに店を出ていった。こんなに楽しいイベントを三人だけでやったら恨まれるからだ。

 そして三、四〇分のうちに、四、五〇人の友達仲間がプテラスピスに集まり、店の中でひしめき合い、それでも大半は店に入れない程になっていた。

 

「あんた達がそうだったのか。いや意外だなあ」

 幾人かがファイ達一行を囲んで、彼女達の記事が載った新聞を掲げたりして、これまでの武勇伝を聞きたがっている。

「私は何もしてないわよ」

 そう、ファイはいつだって何もしてはいないのだ。

「でも、アルバトロスが沈みそうになったときも、あなたは降りようとはしなかった」

「海の真ん中だったから、岸まで泳ぐ気になれなかったのよ。それに、その時は泳ぐより船で行きたかったもの」

「どうしてあんたはいつも何事もないかのようにいられるんだい」

「私は、ハッピーエンドが好きだから」

「でも現実にはそうはいかないでしょ。望まない通りになることだって」

「望まない通りにはなって欲しくないわ。だから、そういう事は考えないの」

 ファイは夢みたいな事を真剣に、しかも事も無げに話した。それ故に一同は、それを自分達の確実な未来であるかのように聞く事ができた。

「あたしさ、子供の頃から足が速かったって訳じゃないんだ、」

 隣では依緒奈の話が始まっていた。

「それ、僕も同じだ、僕も14才の頃まで空なんか飛べなかった」

「じゃあ国仁はどうやって飛べるようになったの?」

「輸入物の、唐草模様の風呂敷がうちにあってね。見たら小さい札がついてて、塩素系漂白剤は使えませんとかはまだ解るけど、直射日光に当たると色褪せるとか、火に近づけないで下さいとか、どうでもいいっていうか、風呂敷と関係なく解ってなきゃいけないような事が一杯書いてあったんだよ。その中にさ、本品はマントとして使用しても空は飛べませんてのがあってね。ちょっと腹が立ってさ、買う方をバカにしてるって思って。だったらこれつけて飛んでやるって」

 国仁はそう言って依緒奈共々笑った。

「それでそれマントにして練習したんだよね。いい歳してさ、最初は家の窓から。一階のね。その後だんだん高くしてさ。2階の屋上から落ちたときは痛かったなあ。足折っちゃったしね。全然飛べないから腹が立って、墜ちたら絶対死ぬような所から飛んでやろうって思って、とうとうテレビ塔のてっぺんから飛んだんだ。最初は風が気持ちよかったけど、見る見る地面が近づいてきて、急に怖くなって、目なんかつぶってさ、飛べるから落ちないんだって、自分に言い聞かせながら。そしたら、気がついたらさ、浮いてるんだよ。空に。体が軽くて。もしかして落ちて死んで、今浮いてるのは魂だけなんじゃないかって、地面に体がないか探しちゃった」

「かっこいいじゃん。あたしも似たようなものかな、あたし小さい頃自転車乗れなくてさあ、友達なんか乗ってるのに、それで腹が立って、意地になって言っちゃったんだよね、自転車より足の方が速いから乗る必要ないって。おかげでそれ証明しなきゃいけなくなって、それが最初。でも自転車より速いものって一杯あるよね。車とか電車とか、飛行機なんて音より速いのあるし。いちいち追い抜いてくうちに、光より速くなってた」

 そう言って笑う依緒奈に国仁も、周囲の者達も拍手を送る。

 店の他の一角では、各々が役に立つと思っていろいろなものを持ち寄ってきていた。

「武器は鶴嘴でいいのか?」

 肌着にステテコ、腹巻きのごつごつした男が言う。

「いいんじゃない、似合ってるわよ」

鈴華が笑顔で返す。

「学校の授業で見学に行ったときにもらってきたんだけど、役に立つ?」

 ファイ達と同年代の少女が持ってきたのはゲートの見取り図だ。

「もちろんさ。えーと、眠り姫はどこに穴空けてくれたのかな」

 依緒奈との話が一段落した国仁が図を覗き込む。

 その時、外で喧しいエンジン音が鳴った。

 国仁達はどよめき、追っ手かと耳をそばだてた。

 ファイ達を敢えて追われる身として扱わなかった彼等だが、やはりまずかったかと国仁の頭を不安がよぎる。

 と音がやみ、

「待たせたな!」

 店に入ってきたのはハンスだった。

 開いたドアの外には、重々しい角張った物体があった。

 ハンスが何人かの仲間達と共に用意してきたそれは、五両の戦車だ。彼ら鍛冶屋達が趣味で造ったという代物だ。

「役人共のよりよっぽど頼りになるぞ」

 ハンスが自信ありげに笑みを浮かべる。

 店内の仲間達も外に出てきて、ある者は眺め、ある者はその装甲板を叩いたりさすったりして、しきりに感心していた。

 複数の人間が好きなように作っただけに、それらの戦車は形も大きさもかなりまちまちだ。

 これらのうち二両は一人用の銃答を持つ小型のもので、戦車と言うより全装軌式の装甲車と言った方が当たっていた。他の二両は砲塔に火砲を積んだ中型の戦車で、いわゆる戦車そのものだ。一両だけは非常に大きく、小さな転輪がずらりと並ぶ平行四辺形の長大な車体の周囲に履帯を渡し、主副二種類の長砲身の火砲を横並びで装備する大型の砲塔を持ち、車体後部にも銃塔を、側面にも斜め前に突き出た機銃を持つスポンソンを装備したものだ。他のどの戦車よりも大きく、頼もしく見えた。 これらの戦車はいずれも迷彩塗装のように、黒い縁取りを持つカーキ色と焦げ茶色、そして深い緑で塗り分けられていた。


「可愛いわね君。アルドだったかしら?」

 これまで周囲の状況に対してまるで関心を持たずに、強いて言えば幾分退屈そうに、頭の後ろに手を組んでソファーにその身を横たえ、黒いチョウチンアンコウを顔の上に乗せていた詩織がしなやかな体を起き上がらせ、仲間達に混じって戦車を眺めていたアルドに視線を送る。

「そう...だけど」

「あたしは詩織、いらっしゃい」

 詩織はアルドの手を取って、自分の方へと引き寄せる。

「あ、あの...」

 詩織の柔らかい指がアルドの指に触れ、そっと握りしめると同時にその感触が伝わり、アルドは心臓がどくんと鳴って喉が詰まるような感覚に襲われると、体が棒のように堅くなり、詩織に抱き寄せられるままになっていた。

 詩織はアルドの頭の後ろに手を回すとそっと顔を近づけた。コロンの香り、そしてその向こうから漂う少女に特有の濃厚なミルクのような甘さに鼻から脳髄を突き上げられ、アルドは顔を真っ赤にして目を反らせようとする。

「こっち見て」

 ぐっとアルドの顔を向き直らせた詩織は、自分の唇をアルドの唇にそっと重ね合わせた。

「〜〜〜〜!!」

アルドの全身の関節がゆるみ、力が抜けてゆく。

 一瞬何か言おうとしてアルドが口を開きかけたところを逃さず、詩織は自らの舌をアルドの唇の間へと滑り込ませる。

 詩織は舌でアルドの舌を探り当てると、自分の舌でひとしきり絡み合わせながら、彼の頭から放した左手で彼の股間をそっと下から上へと撫で上げた。

 彼女は自分の中指と人差し指で、かちかちに硬直していながら張りのある棒っ切れの感触を確かめ、舌をほどいて唇を離す。

「正直ね...こういうのって、初めて?」

 微笑む詩織は彼にしがみついたまま一緒になって床を転がり、アルドをソファーの影へと引きずり込んだ。

 アルドの僅かに残った理性が、彼女の意のままになることを辛うじて押しとどめた。

「....僕は!僕はやらなきゃいけない事が!」

 叫ぶアルド。

「もう...!じゃあ続きはそのあ・と・で」

 詩織はアルドの鼻の頭を人差し指でつんとつつくと彼を解放してやった。

 

「みんな聞いてくれる?」

 鈴華の声に一同が静まった。

 アルドも服が乱れていないかを気にしながら仲間に入る。

「どういう手で行くかだけど」

 鈴華の考えた手は、まずファイ達六人が通ってきた東のゲートを制圧し、そこから別働隊を出して市の中央の議会や官庁街を占拠する、というものだった。

「ほんとにごめんね、すぐ終わらせるからね」

 国仁が依緒奈達に声を掛けた。

「いいっていいって、思いっきり暴れてきなよ」

 依緒奈はこういった高揚感がたまらないようで、これまでのじれったさの反動もあって実は機嫌がいいのだった。

「あのさ..あたし達も手伝った方がいいのかな...あたし達のせいって事、あるんじゃないかな...」

 なすびが不安げな表情を浮かべる。

「おいおい、決めたのは俺達だぜ、俺達の伊達や酔狂の邪魔されちゃ困るな」

 ハンスがそう言って豪快に笑った。

 鈴華は仲間達と共に店の外へ出て、細かいところまでの説明に及んでいた。そしてそれが終わると店内の国仁を呼んだ。

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

「了解了解。予告の電話かけますか」

 国仁は店の電話機のダイヤルを回し始めた。

 一同は再び店内に押し寄せて国仁の周囲に群がり、入りきれない者はドアから身を乗り出して、彼の電話をじっと聞いている。

 

「もしもーし、東ゲート?責任者の人を。大事な急用があって。あーもしもし、一市民です。あのですね、僕達は、これから革命を起こすことにしました」

 相も変わらず飄々とした感じで話している国仁。

 仲間達が拍手をしたり歓声を上げたりする。

「し〜っ」

 唇に立てた人差し指を当てて周囲を見回し、それを沈める鈴華。

 頷いて従う一同。

 そして六人のヒロイン達はというと−ファイは期待を抱いてその様を眺めている。依緒奈も拳を握りしめてまるで大がかりな特撮映画でも見るように見つめている。なすびは国仁達と依緒奈やファイに代わる代わる目を遣って、どうしていいか解らず狼狽えている。詩織は再び寝っ転がり、集団に埋没しているアルドを時折横目で見るだけだった。メイは喧噪もものともせず眠り続けていて、魅紅は機械人形のように座ったままでメイの頭をさわさわと撫でる以外は身動き一つしないのだった。

「えーと、今からおたくを攻め落としに行きます。壁の内外の往来の完全自由化が目的です、賛成でしたら今のうちに言って下さい。え?本気も本気、えっ、あ、そう、じゃあせいぜい無駄な抵抗をして下さい。あと一〇分ほどで着くでしょう。それと、その後で代議員会館とか官庁街とかにも行きますから、連絡しといて下さい、よろしく、それじゃあまた」

そして受話器を置き、

「あーっ緊張した!!!」

 わーっと歓声が巻き起こる。

「いいぞ国仁!」

「かっこいいわよ」

 一同がはやし立てた。

「それじゃあ、ちょっと行って来るね」

国仁は朗らかな笑顔を残し、他の者達も手を振ったり投げキッスをしたりして笑顔で別れを告げた。

「行ってらっしゃい」

 ファイがいつもの微笑みで見送り、

「適当に頑張って。無理しないでね」

 依緒奈も笑顔を返す。

「気をつけて」

 なすびはやはり心配そうだ。

 国仁達はそのまま戦車の中に、中に乗れない大多数の者は上に乗り込み、エンジン音を轟かせ、履帯で地面を掘っくり返しながら砂煙を巻き上げてその向こうへと消えていった。

 

「行っちゃったね...」

 なすびが呟く。

「...あのさ...あの人達、帰ってくるかな」

 眼差しは不安を隠さなかった。

「そう言ったわよ?」

 しかしファイの笑みはいつものように微塵の曇りも感じさせない。

「心配症だね」

 依緒奈もそう言うが、彼女はファイほどには確固たる自身がないようだった。むしろ、そうあらねばならない、故に彼らの勝利は彼らの勝利は動かないと自分を説得した結果のようだ。

「魅紅ぅ」

 これまで時折コップの水に口をつけるだけで、人形のようにソファーに腰掛けているだけだった魅紅が答えた。

「彼らの計画が成功する可能性は殆どない」

「えっ!?」

 目を丸くするなすびや気分を害されて色めき立つ依緒奈には構わず、魅紅が続ける。

「彼らの人数は五〇名程度、ゲートはその規模から考えて二〇〇名程度が駐留していると思われる。我々による被害を受けた者を差し引いても一〇〇数十名程度の戦力がある計算になる」

「じゃああいつらは勝てないって言うわけ?」

 依緒奈が声をあげた。

「いや、確立の問題を言っているに過ぎない。異なる結果となる可能性も否定できない。人数的な戦力差以外に確定できない要素が多々ある。加えて、我々は常に私自身の推測を覆してきた」

「結局どっちなのさ」

「それは解らない」

「あ〜っ!聞くんじゃなかった!」

 依緒奈がいらついてどかっとソファーに座り込む。

「あの人達は、帰ってくるわよ」

 ファイが言った。なすびと依緒奈、そして魅紅が、彼女を見る。

「あの人達は、あの人達のやりたいことをやって、帰って来るつもりなのよ。だから、帰ってくるわ。それに、帰ってこなかったら、オムライスが食べられないじゃない」

彼女は彼らの帰りを待つことが嬉しくて仕方ないようだ。

「オムライス....」

 魅紅の膝の上に頭を乗せて眠っていたメイが再び目を醒ました。じわりと瞼が開き、薄青い瞳がのぞく。

「オムライスは....??目の前に、あったのに....あれ.....?今.....」

 顔を上げて辺りを見回すメイ。

「.......お腹空いた....」

「お早うメイ」

 ファイが彼女の頭を撫でる。

 メイは機嫌よさそうにその掌に頭を押しつけ、目を細めるが、そのうちはっと我に返った。

「お腹空いた〜」

「あたしも水ばっかじゃねー。せめて飲み物くらい用意してから行きゃいいのに」

 依緒奈はそう言いながらも結局再び水をコップに注いでぐっと飲み干す。

「それもそうね...メイも、もう我慢したくないわよね」

 ファイが今度はファイの胸に擦り寄っているメイの眉間を人差し指で撫でながら言った。

「うん」

「それじゃあ」

メイを隣に座らせるとファイが立ち上がり、決断をくだした。

「あの人達には悪いけど、邪魔しに行きましょう」

「邪魔って...?」

いぶかるなすび。

「私達であの人達のやることを手伝うのよ。そうすればすぐにやる事がなくなって帰って来てくれるわ」

「いいね、それ!」

 依緒奈が待ってましたとばかりにそわそわし始める。

「よかったじゃんなすび、これであいつらが負ける心配はなくなったんだし」

「...うん....」

 なすびはやっとほっとした様子を見せた。

 

「それじゃ、先に行くね!」

 依緒奈は水差しごと水を飲み干すと、店の外へと飛び出して行った。

「ちょ、ちょっとちょっと依緒奈!」

 なすびが慌てて後を追い、店の戸を開けてみると、既に依緒奈の姿は消えていた。

 辺りの建物はガラスを割られ、ドアが外れとソニックブームによって相当な被害を被っている。被害は店の少し先から依緒奈の走った後を一直線に続いていた。

「あーあ...」

 目を覆うなすび。

「さてと、それじゃあたしは失礼するわ」

 詩織が起き上がり、帽子を斜めにかぶり直す。

「さっきの彼?」

 と言うファイに、

「うふふ

 と答えて店を出ていった。

「それじゃ私達も」

 とソファーに座り込んでいるメイを見るファイ。メイもファイを見上げる。

「もう少しよ。その前に、もう少しお腹空かせてみましょうよ」

 

「何だ何だ」

「昼寝してたらよお、いきなりどばばばばばばば〜んって」

 依緒奈に壊された家の中から人々が出てきていた。

 道の脇では、二人の男女が倒れている。二人とも仰向けに倒れたまま気を失っていた。服から見て彼女達を追ってきた役人に違いなかった。無論、依緒奈は二人の存在に気付きもしなかっただろう。

「派手ね相変わらず」

 ファイは周囲を見回して苦笑気味にそう言うと、依緒奈が走った跡を追って歩き出した。

 メイを肩に乗せたなすびと魅紅が後に続く。

 乾いた青空で、時折鼻をすするような音が響いていた。それは既にゲートが戦場となっている証しだ。

「あら依緒奈」

 しばらく行った角を曲がったところで、ファイは道端にうずくまって右の脇腹を押さえている依緒奈を見つけた。

「どうしたの?」

 肩に乗せたメイを気にしながら駆け寄るなすび。

「いてててててて、痛い!」

「貴方には追いつけると思っていた」

 魅紅が冷たく言い放ち、ファイがふふふと笑みを漏らす。

「解ってたら止めてよもう!」

 依緒奈は地面に脚をVの字に伸ばして座り、伸ばした両腕の指先が爪先に届くまで体を折り曲げ、伸ばしを繰り返している。特に痛いのは右の脇腹らしく、そちらの方をより丁寧に繰り返していた。彼女達が戦場に着くには、もう少しかかりそうだった。

続く


[PR]解禁!サクラのいない直メなび:※男女タダで遊べる、大人のためのコミュ