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 青い空の下、沙漠を突っ切って一本の道が走る。

 人で、車で賑わう白い道は、一つの街に続いていた。

 その街は堅固なコンクリの壁で囲まれ、外界と通じる三つの門を持っていた。門と言っても、外と中に巨大な鉄扉を持つ四角錐台形の壮大な建造物であり、ザイラという名を持つこの街の技術力の証でもあった。

 開け放たれた門には中へ入ろうとする人や車が列をなしている。彼ら入域者はその名が何であるか、定住、非定住を問わず今どこに住まっているかを門の役人に申告しなければならず、また彼らの荷物は門の中へ入る際には一旦持ち主の手を放れ、ベルトコンベアーに乗せられて器械で検査されねばならなかった。

「えーと、ホータン在住のバハロールさん。荷物はこれで全部?大きい割に軽いね。後ろのトランクの中は何も入ってないね」

 役人によってトラックの荷台から降ろされ、手際よくベルトコンベアーに乗せられた荷物がX線で調べられていく。

「全部だよ。急いでよもう。忙しいんだからさあ。今時こんな事やってるとこありゃしないぜ」

「悪いね、仕事なんだよ。なんだい、アルマジロじゃないか。可哀想だよこの暑いのにこんな箱ん中閉じ込めちゃ。おいX線当てちまったぜ」

「一応原産地じゃ密輸って事になってるからよ、あんまり堂々とやっちゃあんた達が困るんじゃねえかと思って」

トラックの男が声をひそめる。

「あんたここは初めてだろ。いいんだって、形だけなんだから。こっちはこれで飯食ってんだ。その子達、顔ぐらい出させてやんなよ。はい次の人どうぞ」

 一つの共同体の圏内に無断で入れない例も珍しいがここまで無断に近い例もまた珍しい。しかしいくら形だけと言っても素通りできない以上行列が出来る。

「何だよ順番守れよ!」

「痛いじゃない!」

 驚きと怒号の中、行列を押し分けて帆布の鞄を抱えた十代後半と思しき男が門の奥へと進んでいる。

「えー緊急事態えーと、何だっけ、03だ、03発生、対応どうぞ」

 荷物係の役人が携帯用の通信機に話しかける。その間にも青年は無言のまま思い詰めたように一心に走っていた。

「おい!止まれ!何のつもりだ!そんな事したら、大変な事になるぞ!」

 追いかける役人達。

「俺は自由な人間だ!どこの誰だろうと、何を持ってようとてめえらに教える義理があるもんか!」

がらんとした門の中に声が響く。

「何が不満なのよ!そんな事、命と引き換えにできる事じゃないじゃない!」

「待て、話を聞け、人間誰だって命を賭けなきゃいけない時はあるだろう、だが今がその時と思うか?本気で思うのか?」

「誰が思うかよ!どうせてめえらにゃ解んねえだろうよ!」

 青年は街へと続く扉を抜けて街へと駆け込んだ。

「どうだやったぞ、ざまあみろだ!」

 そして勝ち誇ったように小躍りしてい。

「あー、入っちゃった.....」

「畜生、何とかなんないのかよ」

 一人の役人が呻くように呟いた。

「.....ならんよ」

 青年が雑踏へと踏み出そうとした瞬間、通報を受けて駆け付けた二人の役人が立ちふさがっていた。

「....とんでもない事をしてくれたな」

 若い方が残念そうに呟く。

「とっとと片付けちまおうぜ」

 年かさの方が何でもない事のように促す。

「そうはいかん」

 若い方の役人はもう一人を制して青年に向かって告げた。

「規定34条によって無断で門内へ侵入した者は処刑されねばならない。刑は我々によって直ちに執行される。.....何か言い残す事はあるか」

「俺は間違った事はしてねえ!言い残す事なんてあるもんか!まだまだ死んだりしなんかしねえからな!」

「そうか....残念だよ」

「こっちも残念だよ!てめえらが人間の言葉そっくりに鳴く動物でな!つき合ってらんねえや!」

 再び青年は駆け出す。

「何言っても無駄だよやっちまおうぜ!」

「...仕方ない、私が遮る」

 一人が青年を追って駆け出すと見えた瞬間、その姿が陽炎のように揺らぎ、そして消えた。

 いや、彼はいた。消えたと見えた瞬間、青年の眼前に姿を現していたのだ。そして2丁の苦無を構えて青年の行く手を塞ぐ。

 青年は驚いて足を止めるが、すぐ横へと向きを変える。

 役人は再び消え、それと同時に彼の前に立ちはだかっていた。

「私達だって、こんな事を望んではいないんだよ....」

「嘘だ、こんな事は嘘だ!」

 叫ぶ青年。役人が見せた「力」の事ではない。公権力にこのような仕打ちが出来るという事が、いやそれよりも、それに対して自分が余りに無力な事が信じられない、信じたくないのだ。

「君がやりたまえ。手当で奥さんと娘さんにプレゼントの一つも買えるだろう」

追いついてきた年かさの役人が微笑む。

「悪い。後で埋め合わせするよ」

 そして片方の手を腰に当て、もう片方の手を口にかざすと思い切り息を吸い込み、青年めがけて叫ぶ。

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!」

 辺りに響く奇声。

 それと共に彼の口を中心にして波紋のように空気の揺らぎが辺りへと拡がってゆく。

 波紋は青年へと収縮していき、彼の体に触れたと見えた瞬間、青年の体は細切れにされて地面に転がり、鮮やかな切り口から一瞬遅れて溢れ出た血が地面を染める。

「終わったな...」

 若い方が砂埃にまみれた肉塊を見下ろして言う。

「ああ、終わった終わった。...ってまだだぜ。こいつの書類作んなきゃいけねえんだ。書き方忘れちまったぜ。もう3年は書いてねえ」

「弔いの方の手続きは私の方で済ませておこう」

「助かる。あーあー特殊証拠品処理班、こちら03処理班。第一次処理完了。死体1、鞄付き発生。処理どうぞ、03だよ03。俺達もびっくりしてんだよ」

 

 それからしばらくの後、門の外に並ぶ人々は不思議なものを見た。

 それは、四角く大きい塊だった。いくつもの大小のトランクのような箱をバンドで一つにまとめた、ちょっとした東屋ほどもある大荷物だった。

 それを新たに街に入る行列に加わった四人連れの少女の一人が背負っているのだ。

アメジストのように深い色の瞳と長い髪を持つ、整った顔立ちの大人しそうな美少女だ。

 彼女は名をなすびと言い、世界中を流れ歩いている六人組の少女達の一人だった。

 仲間の少女達と同様に年の頃は13才位で、その華奢な体つきからはとてもこれ程の荷物を持てるようには見えない。しかもそれだけの大荷物を背負っていて、彼女はまるでそれを負担に思っていないようなのだ。

 いや、荷物の上にはもう一人、五人目の少女が乗っている。淡い色の綿帽子のような髪に、猫の耳の頭飾りをつけた可愛らしい少女が、猫のように丸まって眠っているのだ。なすびは彼女を振り落とさないように気を配っているだけで、何ら重さを感じていないようだった。

「ね、何だかあたし達、目立ってない?」

 なすびがおずおずと口を開く。

「ぜーんぜん。目立ってるのはなすびだけだよ」

少し悪戯っぽそうに微笑むのは、隣を歩いているさらりとしたショートカットの髪をカチューシャで留めた、活発そうな少女だ。 美しいというより可愛いといった顔立ちだが、どこかしら凛とした感がある。

 彼女は依緒奈(いおな)。門や城壁、そして行列が珍しいらしく、なすびにはお構いなしで黒目がちな瞳をくるくると動かして興味深げに見回している。

「すごいねこの行列、何なんだろ。オムライス屋の行列かな」

「まだ街の外だよ」

 なすびが答える。

「世界一のオムライスだもの、世界一待ったって不思議じゃないわ」

 先頭を歩いていた少女が帽子の鍔を持ち上げて微笑む。色白でおっとりした、どことなく儚げな美少女だ。

 いかにも育ちのよさそうな彼女はファイといい、彼女が旅を続けるうちいつしか五人の少女が仲間になり、六人で世界中を特に目的も定めずに旅をしているのだった。

「随分待ってるけどさ、ほんとにおいしいのかな」

 依緒奈は少し疑わしげだ。

「だってこないだの京都のイモボーだって大した事なかったじゃん」

「あれは年取った人の料理だから...」

 なすびが依緒奈の味覚と極東群島の伝統的な料理の両方を弁護する。彼女はいつもこうだ。

 ザイラの名をアジアに知らしめているものは二つある。一つは堅固な城壁であり、もう一つはオムライスだった。アジア中のどの料理人も、ザイラ人が作るオムライスに匹敵する味のそれを作る事はできないと言われているのだ。彼女達はそれを聞きつけて、とりわけなすびの荷物の上で眠っている少女、メイの希望でここを訪れたのだ。

 彼女達五人が行列の動きと共に門の中へと入った頃、門の中では役人が変わらず仕事を続けていた。

「名前はタカシだよタカシ。こっちの彼女はひろみ。かわいいだろー。俺もこいつも一四才。よろしく!」

「歳はいいから」

「住所?住んでるとこ?まだ決まってねえよ。家出中だからよ。こいつの親父が五月蠅くてよ、こいつ連れて逃げてきたんだ」

「そういう話はいいって。荷物ベルトの上乗せて。はい終わり。大変だろうけど、頑張んなよ。はい次の人。...ちょっとあんた達!あんた達だよ、待って待って」

 役人が呼び止めたのはファイ達一行だ。

「何かしら?」

 不思議そうに役人の方を向くファイ。白いワンピースが翻る。

「かっ...可愛いなあ...。」

「何か....用かしら?」

ファイが怪訝そうに首を傾げる。

「あ、あっああ、いかんいかん。あんた達、何人?名前と住んでるとこは?」

「六人よ」

役人の方を振り向く少女達。いや、振り向いたのは依緒奈となすびだけで、メイは相変わらず眠っているし、もう一人の眼鏡を掛けたとりわけて華奢な少女は壁面や天井をしげしげと眺めていた。

「六人って....四人しか、ああそこにもいるの、じゃあ五人か。しっかしでっかい荷物だねー」

「私達は六人よ」

 微笑むファイ。

「五人しかいないじゃない」

「いいえ、六人よ。一緒にいないだけよ」

「だから今は五人なんだろ?」

「六人よ。離れていてもいつも六人よ」

「それを五人って言うんだよ!」

「不思議な人ね。六人って言うのよ?」

「いい加減にしろよ!」

「どうしたの?どこか悪いの?顔が赤いわよ?」

 ファイが役人の顔を覗き込み、微かに甘い香りが彼の鼻を擽る。

「も、もも、もう解った、解ったから、じゃ、じゃあ名前は?」

「え?」

「いや、だから名前だよ」

「あるわよ?」

「だからそれを訊いてんだって!」

 怪訝そうに問いかける。

「仕事なんだよ!」

「ここに立って、名前を訊く仕事なの?」

「そんなわけないだろ!俺は!ここを通る人の名前と荷物を調べるのが仕事なんだよ!」

「そう...ご苦労様。」

 ファイは彼に微笑みを投げかけると通り過ぎてゆく。

「いやあ、どういたしまして.....」

思わず笑顔で返す役人だがはっとして、

「いや、だから、何でこんな年端もいかない....落ち着け、落ち着け」

ぶつぶつ呟き、そして

「せぇの、だから待って!ちょっと待って!」

「うっるさいなあもお!一体何が不服なのさ!」

 今度は依緒奈が口を開く。

「そっ....そのまんま通ったら無断侵入じゃないか!」

 辛うじて言い返す役人。

「何でいちいち断んなきゃいけないのさ!」

「そういう決まりなんだよ!」

「だったら断わんなくていいじゃん。あたし達そんな決まり決めてないんだから」

「そういう問題じゃないんだ!これは!ザイラのルールなんだよ!」

「だからあたし達のルールじゃないって言ってんの!」

「とにかくこのままあんた達を中へ入れてるわけには行かないんだよ!」

「入れてもらって入るんじゃないよ、入りたいから入るんだよ。何さ、えっらそうに!」

「落ち着いて。きっとこの人にも何か事情があるんだよ」

 今度はなすびが背中の「荷物」を気にしながら仲裁に入る。

「勝手に入った人間は処刑されるんだよ!そう決まってるんだよ!」

「そんなの無茶苦茶だよ」

「すぐ済むんだからいいじゃないか。名前と住所と荷物調べるだけなんだし」

「それが気に食わないっつってんの!勝手にルール決めて、その通りにしなかったら許さないなんて脳味噌に鬆でも入ってんじゃないの!?」

「何だと!?」

 こういう時の依緒奈は雄弁だ。

「あ、あのさあ、やっぱり見られたくないものって、あるよね」

 このままでは大変な事になると思ったなすびは取り敢えず何か言ってみる。

「下着とか?」

 少しきょとんとした表情で応じる依緒奈。

 何の予想もしていなかったなすび、真っ赤になって俯く。

「なーんだ、そういうの見たいんだ。下品な奴!見たきゃはっきり言やいいのに」

 得意気に悪戯っぽい笑みを浮かべる依緒奈。彼女の表情は本当によく変わる。

「そ、そそそういう意味で言ってんじゃない!」

 彼にとって見られたくないものとはこれだったようだ。

「この決まりは、ちゃんとしたわけがあって作られたんだ!」

「言ってみなよ」

そう言う依緒奈の顔には彼自身に対する僅かな好奇心意外は疑いしか持っていないと書いてある。

「昔はこのルールはもっと厳しかった。街に持って入れる物と入れない物が決まってたんだ。銃も、麻薬も、もっと前はポルノまで駄目だった。それは、ザイラ人を守るためだったんだ。でも、ザイラ人も成長した。外からのどんなものに曝されても、ザイラ人は自分を律する事ができるようになった。だから、政府はここまで自由を保証してるんだ。俺達が調べる事なんてそのころのただの名残さ。ちょっとした事じゃないか、そうだろう!?」

「この人達、ちょっと可哀想な人なんじゃ...」

 なすびは憐憫の目を向ける。

「ほんと、どういう頭してんだろ」

 依緒奈の疑いは完全な否定に変わった。

 そして何か不思議な生き物でも見るようにファイが言う。

「持って入るのは自由でも、それがいい物か悪い物かを決められるって思ってるの?あなた達の政府は、その自由まで与えたり与えなかったりできるつもりなの?」

「それが、政府の、俺達の仕事じゃないか....。それを取り上げられたら、どうなるんだ。目茶目茶になっちまう」

「どう目茶目茶になるのか考えつきもしないくせに」

依緒奈が痛いところを突いてくる。

「い、いや、それは....」  

「私達は、自分の自由を自分で持ってるわ。誰かからもらった物じゃないのよ?あなたは違うの?」

 ファイは好奇に満ちた目で役人をのぞき込む。

「な、何を言ってるんだ....」

「大体この荷物、中身が解るように外に出したりしたらこの辺一杯になっちゃうよね。メイだってまだ寝てるし」

 なすびが現実的な事を言い、眼鏡の少女、魅紅(みく)を促す。

「そりゃ大荷物だけど、そんな筈あるもんか」

「この荷物は空間を除去する事で縮小して収納されている。箱から出すとそれが本来の大きさに戻る。この状況では荷物を置く場所がない」

 魅紅が口を開く。地面に届くほど長い髪を先の方でリボンで結んだ少女だ。顔立ちは至って端正で、肌の色はファイよりさらに白い。それも日の光に当たっていないという感じの、どこか病的な白さだ。肩にはそんな彼女には不釣り合いの、彼女の身の丈の倍近くある大きく長い銃を担いでいた。

 そしてその声は、感情による抑揚が全く感じられない、無機質な声だった。

「理由は他に二つある。これらの荷物の中には貴方達の器械を通らない大きさのもの、器械では見通せないものがある。それでは外に出して調べる意味がない。二つ目は、荷物の上には彼女がいる。一日二十時間眠る彼女はまだ一四時間しか眠っていない。彼女が動くまでのあと六時間は箱を開けない。そして三つ目は、貴方達の決まり事に私達が従う理由が見出せない」

 役人は、彼女達と一緒にいられる時間が伸びる事を気持ちのどこかで望んでいたのだが、それはあくまで彼女達が最後には彼の要求に従う事を前提にしたものだった。彼は彼女達が結局は自分の職務を妨げる存在でしかないと理解すると、多少なりとも回転していた彼の思考は完全に停止した。

「理由なんてどうでもいいんだよ!これは決まりなんだ!早く言う通りにしろったらしろー!!」

「....しまった、三つだった。...ちなみにここは笑うところ。...どうやら間の取り方に改善の余地がある」

「人の話を聞けぇーっ!」

役人は激高し、なすびは凍りついていた。

「早くしなさいよ!あんた達のおかげでどれだけ待ってんだか!」

声を張り上たのは彼女達の後ろに並んでいた女性だ。

「ほんとだよまったくもぉ!」

 同調する依緒奈。

 すると女性が依緒奈の髪を掴む。

「てめえたちのせいだっつってんだこのトンチキ!」

 依緒奈間髪入れず、

「ずっとそこで見てたんだったら誰のせいかぐらい解ってろこの明盲!」

 依緒奈の拳が女性の顔面をとらえると、彼女は鼻血を吹き出して仰向けにぶっ倒れ、後ろにいた人々も折り重なって次々に押し倒されていく。

 途中に車が止まっていたために押し倒されたのはせいぜい二、三十人程度で済んだが、それでも怪我人は出たようで、倒れている男の呻きや子供の泣き声、子の名を呼ぶ母親の絶叫が門の中に響く。特に車のすぐ前にいた老人は重傷で、人の波と車に挟まれて気を失い、ぐったりしたまま全く動かなかった。

「取り押さえろ!」

先程まで辺りで彼女達のやりとりを見物していた役人達が一大事と解って動き出す。

「そうそう、真面目に仕事すりゃいいんだよ」

と依緒奈。

 しかし役人達が取り押さえようとしているのは予想を裏切って彼女達だった。

「門を閉めるのよ!」

役人の声と共に街の内側の門扉が動力によって少しずつ動き出す。

「まあ大変、絶体絶命だわ」

と言うファイは相も変わらずで、微笑みは崩さない。しかも明らかに彼女はこの状況に胸躍らせている。

「解らず屋ー!!」

 襲いかかる役人を次々に蹴飛ばす依緒奈。

 前歯が折れ、鼻がひしゃげた役人達が次々に地面に転がり、血を吐いてのたうち回る。

「きゃああちょっとちょっとやめて!あたし何もしてないのにー!」

 声のする方では何人かの役人がなすびと彼女の荷物にしがみついていた。

「やめてってば!」

 なすびが彼らを振りほどくと役人達は豆が弾けるようにすっ飛び、ある者は床に叩き付けられ、またある者は壁にへばりつき、手足をあらぬ方向へ曲げたままずるりと床へ落ちる。

 辺りの役人は一様に目を見張る。

「ご、御免なさい...」

「そういう事言うからこいつらつけあがるんだよ!」

 と依緒奈が言い放つ。

 そしてメイは、眠ったままベルトコンベアのベルトの上に転がり墜ちていた。

「メイごめん大丈夫!?」

駆け寄るなすび。

メイはまだ寝息を立てて眠っている。

「あらあら、にぎやかだこと」

 などとファイがのんきに言っているうちに役人が彼女の手をひっつかむ。

 そこに依緒奈の後ろ回し蹴りが飛んできて役人の側頭部に命中、地面に叩き付けた。

「いいタイミングだったわよ」

「普通普通」

依緒奈は少し誇らしげだ。

 その時、一発の銃声が響く。そして行列が一斉にざわめくと波打つ。

 役人の一人が天井に向けて空砲を撃ったのだ。

「次は本当に撃つぞ!」

「やめて、やめてよぉ!」

 なすびは身をすくませる。

「何度も聞いたら難聴になりそうだわ」

 ファイには相変わらず他人事だ。

 そして依緒奈は 

「中たるもんなら中ててみなよ!」

と挑発する。

「本気だぞ、ほんとに撃つからな!いいんだな!」

 少女達に銃口を向ける役人。

「落ち着いて下さい!落ち着いて!怪我をした人はいませんか!まず立って、立てない人は手を挙げて下さい!」

「進まないで下さい、ひとまず後ろへ下がって下さい!」

 役人達は他の行列の人々を門の外に出そうと必死になっていた。

「女の子を撃つのか!?」

「そんな事かまってる場合!?」

「そうだ、第一彼女達のためなんだ、今入られちゃ死刑だぞ。ここで捕まえればせいぜい怪我で済むんだ」

「急所は外すのよ」

「解ってる」

「訓練と同じだ、落ち着いてやれば狙った通りに中たるぞ」

 役人達の腹は決まった。

「こいつらほんとにどうしようもないね」

「そんなの、危ないよ、やめようよ、ねっ」

依緒奈は呆れかえり、なすびは慌てて止めようとする。

 その時、役人の一人が引き金を引く。

 顔を背けて目をつぶるなすび。

 響く銃声。

「うっ....あああああああああ!」

 そして叫び声。

「何か...手に中たった...」

再び目を開けたなすびが見たものは、列に混じっていた若い妊婦が腹を押さえてうずくまる姿だった。見ると脇腹から血が流れている。

 役人が撃った銃弾がなすびの手に当たり、弾き返されて彼女に命中したのだ。

「なんで?なんでこうなっちゃうの!?」

「なすびのせいじゃないよ、ほんっと非道い奴!」

 依緒奈の眼差しが軽蔑に変わる。

「俺が.....?どうなってんだ一体!?」

撃った役人は白い煙の上がる自分の銃となすび、そして妊婦を代わる代わる見つめていた。

 その時、ベルトコンベアーの上でひっくり返っていたメイが少しずつ目を開き始める。

「...オムライス...メイのは...?ファイ?どこ?」

しかし彼女の視界にファイ達の姿はなく、最早対応する術を失って立ちつくす役人達がいるだけだった。

「違う..こんなの知らない」

 不安に襲われたメイ、見ず知らずの人影に対して、口を大きく開くとどっと息を吐き出す。

 猛烈な風が役人達を襲い、その風は彼らを吹き飛ばし、一瞬建物の中をかき回したかと思うと建物の壁を突き破り、瓦礫と役人を砂塵で見えない程の遠くにまで吹き飛ばしてしまった。

 

「畜生、わけ解んねえや。エンベル、ここ読んでくれよ」

 建物の一室では件の役人が処刑した青年に関する書類を作っていた。

「おい私は書いた事ないんだぞ」

「俺の頭じゃ解んねえんだよ」

「仕方ないな」

 若い方の役人が椅子から立ち上がった時、建物が一瞬ぐらりと揺れて、ふと彼の目に窓の外を建物の破片といくつかの人影のようなものが飛んで行くのが見えた。

「おい...今人間が空を飛んで行ったように見えたんだが...」

「そりゃ地球に六億も人間がいりゃ何人かは空だって飛べるだろうよ。それより早くしてくれよ」

「あ、ああ、そういうものかな」

 

「おい大丈夫か!」

「この子だけは!この子だけは!」

駆け寄る役人に抱きかかえられた妊婦が譫言のように繰り返す。

「私は彼女を治療できる」

と魅紅が進み出る。

「来ないで!人殺しーっ!」

怯える妊婦。

「貴方が治療を受けない事を望むなら私がする事は何もない」

そう言うと魅紅は再び後ろに下がる。

「ここはちょっと物騒な町みたいね」

とファイは嬉々として言う。

「まだメイの朝は来てないよ」

 なすびは周囲を心配げに見回しながら、再び眠りについたメイを回収し、荷物に載せる。

「もう終わり?物足りないなあ」

 倒れている仲間を構う余裕もないまま後ずさりする役人達を依緒奈は不満そうに見回す。

 

「私達じゃどうしようもないわ。エンベルとハロルドはどうしたの!?」

「さっきの件で書類書いてるよ」

「早く呼んでこい!書類なんてどうでもいいだろ」

「無理よ、書類は可及的速やかにって規定があるじゃない!」

「こんな時に!そうだ、丈八(じょうはち)はいないのか!」

「そうよ、彼なら....」

「あいつ今日は非番だぜ」

「それでも呼べ!呼び出せる規定はあるだろ」

「おいあいつら開ける気か!?」

「手なんかで開くもんか」

 遠巻きにして役人達が騒ぐ中、彼女達は街の中へと続く閉じられた扉の前まで来ていた。

 なすびがそびえる巨大な鉄扉に手をかけ、ゆっくりと押す。すると金属の軋みがこだまし、ばきばきという音と共に扉が開き、陽光が射し込む。

「嘘だろ....」

「開けるな!入るんじゃない!」

全員が通り抜けると、なすびは再び扉を閉めてしまった。

 人力の及ぶような重さではないこの扉は、本来機械の力で開閉される。それを無理矢理こじ開けて再び閉めてしまったのだから、蝶番の歯車は完全に壊れ、最早動力でも開け閉めできなくなっていた。

 

 彼女達の前には白い町並みが広がっている。街には白く四角い建物がひしめき合い、その隙間を人が埋め尽くしていた。

「街に入るのも大変だわ」

とファイ。

「なんだか大変な事になっちゃったんじゃない?」

 なすびは、彼女達の後ろにそびえる巨大な建物を見上げながら、扉が開いて自分たちを再び騒ぎに巻き込まないかと心配そうだ。

「この建物が役に立つとしたら、あの物騒な人たちを閉じ込めて外にも中にも出られないようにする時ね」

ファイは他人事のように門を見上げてその存在意義を考えていた。

 

....の...み...て〜....だ〜ひ..り〜」

バラライカの音色に乗って、歌声が聞こえる。妙に艶っぽい少女の声だ。

幸せを〜知らぬ男が〜」

よく知っている声に、ファイ達は声の主は門の上にいると悟った。

る〜るる〜るるる〜、る〜る〜る〜」

 そして間もなくバラライカを手にし、チョウチンアンコウを模した帽子を斜めにかぶった少女が姿を見せた。詩織だ。

 軽くウエーブした、鏡のように輝く髪を持ち、黒いレザー地で扇情的ないでたちの、少女とは思えない色香と妖しい冷たさを漂わせた美少女だ。ファイ達と同年代のようだがどことなく大人びて見える。

 ファイ、

「久しぶりの全員集合ね」

「生きてたんだ。てっきり男の子達によってたかって殺されてるかと思った」

と依緒奈。

「そんな死に方なら何度だってしてみたいわよ」

バラライカを弾くと微笑む詩織。

「あの、あなた達は知り合い?門の中はとんでもない騒みたいだけど....あなた達の仕業?」

 詩織の隣に眼鏡をかけた三〇代くらいの、余り風采は上がらないが優しそうな目をした男がのそりと現れる。

「自然にそうなっちゃったのよ。あなたは?」

とファイ。

 依緒奈、

「詩織いつからおっさん好みになったのさ?」

「失礼ねこんな野暮ったいの相手にしないわよ。たまたまここにいたら飛んできただけよ」

「詩織の方が失礼だよ....」

 なすびが苦笑する。

「いいんだよ、おっさんだし野暮ったいんだから」

 男は微笑みながら下の少女達に答えて自己紹介する。

「僕は国仁(こくじん)。あなた達、凄い事するね」

 呆れながら、そして親しみを込めた笑みを投げかける国仁。

「よく解ったね」

答えて依緒奈が微笑み返す。

「こんな派手にやっちゃ解るよ」

 メイが空けた大穴を指す国仁。

「そりゃそうだ。君、空飛べるの?」

 依緒奈の好奇に満ちた瞳がくるりと動く。

「そうよ、マント着けて飛んでたのよ。あんまりみっともよくなかったけどね」

 彼に代わって答える詩織。

「いやお恥ずかしい」

「みっともよくないって、鋼鉄の巨人?」

「どっちかって言うとUFO時代のときめき飛行ね」

「じゃあちょっとしたもんじゃない」

「鋼鉄の巨人って....」

 耳まで真っ赤になっているなすび。

 詩織は空中で数回の回転とひねりを決めて地上へと舞い降り、そして国仁は、木から降りる猫のように無様に這いずって降りてきた。

「ふう。マント外すんじゃなかったよ。でさ、何でこんな事になったの?」

「街の中に入ろうとしたら邪魔する人たちがいたのよ」

 ファイが手短に答える。

「そりゃ重罪だよ」

と国仁は笑う。

「ついて来なよ、かくまうからさ」

「私達、逃げ隠れするような事してないわよ?」

 ファイがきょとんとして国仁を見つめる。

「それとも、あたし達のした事、間違ってるって言うの?」

 依緒奈は不服そうだ。

「君だって門飛び越えて入ってきたんでしょ!?」

「...その通りだよ..間違ってなんかいない.....。あはははは、あはははははははは」

 嬉しそうに笑い出す国仁。

「そうだ、そうだよ、僕と友達になってよ。あなた達みたいな娘と会いたかったんだ。僕の店においでよ。僕の友達にも紹介したいな」

「あなたのお店って、もしかしてオムライス屋さん?」

とファイ。

「え?じゃああなた達、ここにはオムライス食べに?」

「そうだよ、それだけの事でこんなに手間食うなんて思わなかったよ。まだ食べてもいないのにさ」

 依緒奈、うんざりした表情。

「そうなんだ、でも違うよ。僕は時計屋さんさ。おもちゃの修理もやってるけどね...。僕の店狭いから、僕の友達の店に行こう。喫茶店なんだ。そこで僕がザイラ一のオムライスをご馳走するよ」

「でも時計屋さんなんでしょ?」

 いぶかるなすび。

「時計屋は仕事、オムライスは道楽さ。どっちの腕が確かだと思う?」

その言葉に、依緒奈は弾けるような笑みと共に彼の肩を抱くように叩き、ファイは

「喜んでお邪魔させていただくわ」

と微笑み、そして一行は彼について歩き出す。

                −続く−


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